世界各地で相次ぐ発見

 ドイツ、テュービンゲン大学の考古学者ニコラス・コナード氏は、新たな年代測定結果はすばらしいが、さほど驚くべき結果ではないと話す。コナード氏は今回の研究には関わっていないが、ドイツ南部のホーレ・フェルス洞窟の調査を率い、3万5000年以上前の首のない女性の像など、さまざまなものを発見した。これは、人間の姿を模したおそらく世界最古の遺物であるとされ、2009年に発表された。(参考記事:「骨製フルート、人類最古の楽器と判明」

 しかし、コナード氏はその他の場所でも先史時代の文化的な発展を示す発見があることを早くから予測していた。「このような品物が1カ所からしか見つからないとは考えられません」

【ギャラリー】人類はいつアートを発明したか?(写真クリックでギャラリーページへ)
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ドイツのホーレ・フェルス洞窟で2008年に発見された女性像は、人体をかたどったと確実に認められる最古の遺物。上部にある輪にひもを通し、首飾りとして使われていたようだ。 (Photograph by Hilde Jensen, Tübingen University, Germany)

 その予想どおり、近年、世界中で初期のアートの発見が相次いでいる。特に古いものには、南アフリカで見つかった7万3000年前のハッシュタグ(#)のような落書きや、スペインで見つかった、ネアンデルタール人による作品かもしれない6万5000年前の幾何学的図形や手形などがある。(参考記事:「世界最古の絵画? 7万3000年前の石に描かれた模様」

 洞窟「絵画」と呼べるものの幕開けを飾る作品群も世界中にある。南フランスのショーヴェ・ポン・ダルク洞窟にある、炭で描かれた約3万6000年前のさまざまな動物の群れ。スペインのエル・カスティージョ洞窟には、4万800年以上前に描かれた手形や赤い円。ボルネオ島の隣にあるスラウェシ島には、3万9900年ほど前の赤い手形と太ったバビルサの絵がある。今回の新たな年代測定によって、ボルネオ島の洞窟画もその仲間入りをすることになった。オーストラリアに残されているさまざまな作品も同時期のものである可能性があるが、今回のような石灰岩の壁画よりも年代測定が難しいことがわかっている。(参考記事:「【解説】世界最古の洞窟壁画、なぜ衝撃的なのか?」

 このように、さまざまな地域で洞窟壁画が注目されていることから、ノーウェル氏は「全体像はかなり変わりつつあると思います」と言う。

洞窟芸術の起源は?

 なぜこの時代に世界中で芸術活動が始まったのかは、よくわかっていない。ヨーロッパでは、初期の現生人類がやってきた直後から芸術が盛んだったようだが、東南アジアにホモ・サピエンスがやってきた証拠は、芸術が始まった痕跡よりも2〜3万年も古い。オーベール氏が指摘するように、芸術活動は最終氷期最盛期に活発化しているようだ。同氏は、こうした気候変動によって人々の結束力が強まり、文化的な発展が起きたのかもしれないと推測する。(参考記事:「人類はいつアートを発明したか?」

 ただし、コナード氏はその説に納得していない。「気候変動による影響は、場所によって大きく異なります。更新世に狩猟採取生活を営んでいた人々には、土地は有り余るほどあったのです」。つまり、気候が変わっても、ほかに行ける場所はたくさんあった。コナード氏は、文化的な変化を解釈するうえで重要になるのは、人々が置かれた状況だと話す。

 ノーウェル氏は、これよりも古い岩壁画が現在まで残らなかっただけだとも考えられると言う。風雨にさらされる岩の表面に描かれた場合、特にそう言える。もしくは、初期の人間たちは、洞窟で何もないキャンバスを見ても創作意欲を掻き立てられなかったのかもしれない、とノーウェル氏は付け加える。オーカー(黄土)クレヨンが使われ始めたのは20万年以上前にさかのぼるが、この色鮮やかな顔料には、日焼け止めや接着剤などという日常的な用途の方がはるかに多かったと見られている。

 現在、研究者たちは世界中に散らばっている文化の「糸」をたどっているところだ。新たな発見があるたびに、少しずつ過去の姿が見えてくる。

「いったん芸術活動の証拠やこの種の洞窟壁画が見つかり始めると、当時の人間のことを理解できるようになりますし、彼らがどのようにまわりの世界を見ていたのかがわかります」とノーウェル氏は話す。

文=MAYA WEI-HAAS/訳=鈴木和博