1種ではなかった
数十年もの間、藻類に擬態する彼らはタマミルウミウシ(学名:Stiliger smaragdinus)という単一の名前で呼ばれてきた。しかし2015年、マレーシア・プトラ大学の海洋生態学者、リーナ・ウォン氏は、このウミウシはもっと多様なのではないかと考え始めた。ウォン氏はその頃、イワズタ属の海藻を食べるもう1種のウミウシを研究していたため、定期的にマレーシアの海へ行ってはバケツで海藻を集めていた。次第にウォン氏は、自分が見ているのは2種のウミウシだと思えてきたが、当初は賛同を得られなかった。(参考記事:「2種が1つに、“逆転進化”していたワタリガラス」)
「専門家の意見を聞こうと上席研究員に連絡しましたが、回答は『どちらもタマミルウミウシだ』というものでした」と、ウォン氏はEメールで述べている。「その返事に納得できませんでした」
ウォン氏は同僚からクルーグ氏を紹介され、2人は写真や標本を共有して共同で研究することになった。チームは採集したウミウシや博物館の標本を丹念に調査し、DNA配列を決定した。
その結果、調査したウミウシの中でアオモウミウシ(Stiliger)属に分類される種はなく、タマミルウミウシさえもこの属ではないことがわかった。それどころか、実はタマミルウミウシは5種にはっきり分かれていた。研究チームはこのグループに、Sacoproteusという新しい属名を与えた。ギリシャ神話の海神で、思い通りに姿を変えられたプロテウスにちなんだ名前だ。(参考記事:「【動画】脳のような謎の塊が池に、温暖化で北上?」)
Sacoproteus属のウミウシ5種のうち4種は藻類に擬態し、特定の藻類に合わせた姿をした者もいる。しかも、それぞれの種が、種類の違う“海ぶどう”を突き刺すのに特化した独自の歯を発達させていた。
「ちょうど晩さん会で並べられるナイフのように、このウミウシたちも餌に合わせた歯を備えているのです」とオーストラリア、サンシャインコースト大学の生物学者、ニコラス・ポール氏は言う。同氏は今回の研究に関わっていない。
ウミウシの知られざる多様性が明らかになったことで、さらなる研究の必要が出てきた。例えばクルーグ氏は、変装に長けたウミウシがまだたくさんいて、発見を待っているのではと推測している。(参考記事:「【動画】氷の下を漂う驚異の生命、グリーンランド」)
「どのウミウシもサンプルが少なく、十分研究されていません」とポール氏。なかでも、「目につきにくい種は特にそうです」
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