バルカン半島にある国、マケドニアで9月30日、国名を「北マケドニア」に変更することへの是非を問う国民投票が実施された。しかし、投票率が低迷したため(37%)、結果は無効となった。
同国は数十年にわたり、「マケドニア」の名前を国名に使用することを巡って隣国ギリシャと争ってきた。ゾラン・ザエフ首相は、ギリシャとの関係を改善し、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)への加盟につながる重要な一歩と意気込んでいた。
国民投票では、賛成票が圧倒的多数を占めたが(91%)、投票率が規定の50%に届かなかった。国名変更の推進派は闘いの場を議会に移し、憲法改正を目指すと述べている。アナリストたちによれば、国名変更は裏切り行為だという考えが政治家や国民の間に根強く残っているため、今後の見通しは完全に不透明だという。
つまり、マケドニアが「国名変更した国」のリストに加わるかどうかは、まだわからないということだ。
最近では、2018年4月にアフリカ最後の絶対君主が、自身の50歳の誕生日と英国からの独立50周年を祝う式典で、国名をスワジランドからエスワティニに変更すると発表した。
国王ムスワティ3世は長年、アフリカ以外の人々はスワジランド(Swaziland)とスイス(Switzerland)をよく混同すると不満をこぼしていた。両国に共通点がないわけではない。「スワジ人の土地」という意味を持つエスワティニはスイスと同じ内陸国で、山もいくつかある。
しかし、違いも多い。面積はスイスよりはるかに小さく、位置は南アフリカのすぐ東、クルーガー国立公園の真南だ。さらに、直接民主制のスイスと異なり、ムスワティ3世は1986年、82年間統治していた父ソブーザ2世から王位を継承して元首となった。ムスワティ3世は現在、15人の妻を持つ。スイスのアラン・ベルセ大統領の妻は1人だけだ。
国名変更は決して容易ではない。通貨はもちろん、政府のレターヘッドから道路標識、ナンバープレート、軍服、ナショナルチームのユニフォームまで、すべて変更しなければならない。航空会社はスワジランド・エアリンクだが、航空機を1機しか所有していないため、塗り替えはそれほど大変ではないかもしれない。