ドバイが“ハヤブサ大国”になった理由

鷹狩り専門ショップも多く、街中には止まり木も設置

2018.09.30
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王子の息子ラシッドが、アブダビ近郊のキャンプ地でハヤブサを止まり木につなぐ。UAEではフサエリショウノガンの鷹狩りがさかんだが、許可されているのは人工繁殖のものだけだ。この鳥の個体数を回復させるため、UAEが資金を出した繁殖計画が進行している。PHOTOGRAPH BY BRENT STIRTON

 鷹狩りがさかんなところといえば、アラビア半島だろう。現在では、世界の鷹匠の半数以上が、この一帯に住んでいる。鷹狩りは、ヨーロッパでは王侯貴族の趣味やたしなみの一つだったが、ここではアラビア砂漠で生き抜く生活手段だったのだ。

 アラブの遊牧民ベドウィンは、昔から渡り途中のハヤブサを捕まえて訓練し、鳥やウサギを狩っていた。砂漠の過酷な環境下では、こうした動物は貴重なタンパク源であり、銃が到来するまではハヤブサが人々の食生活を支えていたのだ。そのため、鷹狩りはアラブの文化のなかで重要な位置を占めるようになっていった。イスラム教の預言者ムハンマドが聖典コーランのなかで、ハヤブサが捕らえたものは清浄なので、食べても良いと認めているほどだ。

 ところが、20世紀に入り、ドバイなどの首長国が急速に発展したことで、UAEでは鷹狩りの習慣がすっかり廃れてしまった。ハヤブサが狩る鳥、フサエリショウノガンも人間に生息域を奪われて数が激減し、捕獲が禁止された。狩りができるのは中央アジアや北アフリカに限定され、自分でハヤブサを飼育し、国外まで出かけて鷹狩りができるのは、ひと握りの富裕層だけになった。

賞金7億円の競技会も

 そこで、ドバイの皇太子シャイフ・ハムダン・ビン・ムハンマド・ビン・ラシッド・アル・マクトゥームは、鷹狩りを一般市民にも親しめるものにしようと、2000年代の初頭にハヤブサの競技会を始めた。決められた距離のなかで、いかにおとりを早く捕まえられるかを競うもので、毎年12月から1月にかけて開催される。競技会の最大の目玉である大統領杯には2000羽以上のハヤブサが参加し、約7億7000万円の賞金を目指してしのぎを削る。

 競技会を導入した効果は絶大で、ドバイでは飼育者の数が急増した。今ではホテルのロビーやオフィスビルにまで、止まり木が設置されている。ハヤブサ専門の病院もあり、鷹狩りの道具や必要な材料を取り扱う店も充実している。

 ある日の午後、鷹狩り専門のショッピングモールを訪れた。ひしめきあう客の多くは手袋をはめ、頭巾をかぶせたハヤブサを乗せている。ハヤブサの餌となる冷凍のハトやウズラ、ビタミン剤、見失った鳥を追跡する超小型発信器、スペインやモロッコから仕入れた手染めの革製の頭巾など、あらゆる品物が並んでいた。フサエリショウノガンそっくりの色に塗ったラジコン飛行機まである。若鳥の訓練に使うのだという。

 このショッピングモールにもハヤブサ専門の診療所があった。そこに白く丈の長い伝統衣装のディシュダーシャを着た若い男性がいた。腕にハヤブサを乗せ、幼い2人の息子を連れている。「病気ですか?」と尋ねると、「いいえ、健康診断です」と男性が答えた。「競技会に出るんだよ!」「優勝するんだ!」と、男の子たちが口々に叫ぶと、男性も得意げに顔を輝かせた。

※ナショナル ジオグラフィック10月号「ハヤブサを守る」では、絶滅からハヤブサを守るために行われているドバイの取り組みについて紹介しています。

文=ピーター・グウィン 英語版編集部

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