廃れゆくテント生活、様変わりするイランの遊牧民

これまでの暮らしに疑問を抱き、定住生活を望む女性たちが変化を起こし始めた

2018.10.01
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お茶を入れる26歳のシリン・ホダダディと息子。運転手を雇って車で移動していたが、これ以上進めないと言われ、道路脇で一夜を明かした。PHOTOGRAPH BY NEWSHA TAVAKOLIAN

 イランには100万人以上の遊牧民が暮らす。独自の生活様式をもつ彼らは、外界と接触することなく、長年、近代化を拒んできた。古い伝統と家父長制も、変化を阻んできた要因だ。だが、干ばつや砂嵐、都市開発の拡大、モバイル通信や高等教育の普及などにより、その人口は減りつつある。

 遊牧民が減少する背景には、定住生活を望む女性たちの存在がある。遊牧民の女性の生活はきつい。9人の子をもつ61歳のザハラ・アミリは、明け方に起き、遠くの井戸へ歩いて水をくみに行く。戻ったらパンを焼き、朝食を作る。家畜の世話をする夫を手伝うこともあれば、羊の乳搾り、チーズやヨーグルト作りといった仕事もある。顔も手も日に焼けて真っ黒だ。家事の合間に時間があれば、キリムと呼ばれるカーペットを織る。

「長年、必死に働いてきましたが、私に残ったのは、子どもたちと太陽だけです」とアミリは語る。遊牧民の相続法は、一般のイラン人の場合と違いはないが、実際に遊牧民の女性が何らかの遺産を相続することはめったにない。男兄弟に相続権を譲る慣習なのだ。

 その一方で、遊牧民の女性も馬に乗り、銃を携帯することが許されていて、アミリも自分の馬と銃を持っている。だが男性の多くは、乳搾りや水くみ、女性に相続権を与えることなどは、男の恥だと考える。

変化を求める遊牧民の女性たち

 重労働や男女の格差、そしてほかのイラン人女性はもっと楽な生活をしているという事実—自分たちの状況に気づいた遊牧民の女性たちが変化を起こし始めた。

 41歳のマハナズ・ゲイプールは、10年ほど前にテント暮らしをやめた。現在は夫とともに、夏の家と冬の家を行き来する。「娘たちには、遊牧民とは結婚させません」

 15年間続く干ばつもまた、遊牧民の存続を脅かしている。主要な川や湖の多くが干上がり、家畜に飲ませる水を見つけるのも難しい。さらには都市開発によって、塀や道路、ダムなどが建設されたために、遊牧民と家畜の通行が阻まれるという事態も起こっている。

 ラリという町の外れには、遊牧民だったバクティアリ族の人々が多く定住している。メヘディ・ガファリと友人のエイディ・シャムスは水たばこを吸いながら、遊牧生活の思い出を話してくれた。二人とも、妻たちは今の方が幸せだと言う。子どもたちも学校に通っている。

 73歳のビビ・ナズ・ガンバリと76歳の夫ネジャットは、200年ほど前から一族が野営地としてきた場所に、今年もテントを張った。かつては数十人の親族が一緒に行動していたが、今は遠い親戚のテントが一つあるだけだ。街に暮らす8人の子どもたちは誰も手伝いにこない。ふたりによれば遊牧民の先祖はイスラム教誕生前のイランの王族だという。

「私たちは、偉大なるクロシュ・カビールの子孫です」。紀元前550年頃に広大な帝国を築いたペルシャの王、キュロス大王のことだ。彼らはその最後の子孫に当たると自負する。「私たちが亡くなれば、その系譜は途絶えます。そう思うと切ないです」

※ナショナル ジオグラフィック10月号「テントを去る遊牧民」では、イランの遊牧民が減少する背景について迫ります。

文=トーマス・アードブリンク/ジャーナリスト  

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