プエルトリコ、「最強」ハリケーンの被災地は今

1年が経過しても電気や水道の復旧に遅れ、住民の暮らしに影

2018.09.05
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ヤスミン・モラレス・トレス(41)が南東部のプラヤ・エル・ネグロにある自宅の庭で洗濯物を洗う。ハリケーンから半年たった今年3月時点で、この集落では電気が復旧していなかった。PHOTOGRAPHS BY CAROL GUZY

「漁師たちは大変な思いをしていますよ」と、41歳のヤマリー・モラレス・トレスが自宅の庭からプエルトリコ南東部の海岸を見渡しながら言った。暗い日の出前に出漁するため、トレスと仲間の漁師たちは暗い中で漁船や漁具の準備をしなければならない。「捕った魚を冷蔵できないから、すぐに売ってしまわないといけないんです」

 2017年9月20日、トレスと家族が暮らすプラヤ・エル・ネグロの集落の近くにハリケーン・マリアが上陸し、人口330万人のプエルトリコ全島を停電させた。5カ月がたって取材に訪れてみると、14世帯が暮らすトレスの集落はまだ電気が復旧せず、その見通しさえ立っていなかった。

 トレスは年老いた両親と一緒に暮らしている。双子の姉妹ヤスミンと兄の家族も近所に住んでいる。ハリケーンが上陸する前、一家は避難したが、嵐が去って一段落した後は、ほかに行くところもなく、元の家に戻ってきた。「本当に惨めな暮らしです。でもここを離れられません」とトレスは言った。

 プエルトリコ全体で見ると、ハリケーンが残した大きな被害から立ち直りつつある場所もある。都市部では、ハリケーン襲来から数週間で電気と水道が復旧した。しかし、プラヤ・エル・ネグロのような地方の貧しい地域に暮らす10万人以上の住民は、半年近くたっても電気のない生活を送っていた。

 過去89年間にプエリトリコを襲ったハリケーンのなかで、マリアは最強だった。豪雨による洪水が島を水浸しにし、維持管理がされずに劣化していたインフラはとどめを刺された。大部分の住民が水道を使えなくなり、島外との通信は数日にわたり不通、空港も閉鎖された。さらに災害救助に当たる連邦緊急事態管理庁は少し前に米国本土を襲った二つのハリケーンの対応に忙殺されていた。

 その結果、大規模な停電が長期間続き、多くの町で水道が復旧するまでに数カ月もかかることになった。トイレも流せず、シャワーや洗濯もできない。住民はボトル入りの水に頼らざるを得なかったが、供給が追いつかなかった。役に立たない電気コンロはガスコンロに交換された。冷蔵庫が使えないので食料は腐り、冷蔵保存が必要な医薬品も使い物にならなくなった。

 電気や水道が復旧したとしても、ハリケーンの後遺症に住民たちは悩まされることになるだろう。「ハリケーンは社会基盤を奪いました。それまで当たり前だと思っていたものがすべてなくなったんです」と、精神分析医で地元のアルビス大学の准教授を務めるドミンゴ・マルケス(39)は言う。マルケスの推定では、人口の3〜5割が心的外傷後ストレス障害や鬱病、不安神経症を経験しているという。

 しかし、マルケスは楽観的でもある。「災害から立ち直ろうという姿がたくさん見られます。私たちはどこにも行きません。ここで暮らしを再建しています」と彼は言う。「大丈夫です。でも、元の状態に戻ろうとしてはだめです。なぜなら、ハリケーン前の状態に戻ることはできないのですから」

※ナショナル ジオグラフィック9月号「ハリケーンが残した傷痕」では、1年が経過しても復旧が遅れるプエルトリコの現状を写真でレポートします。

文=デビッド・ブリンドリー 英語版編集部

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