日本の鳥類写真のパイオニア 下村兼史

20世紀前半、日本各地をめぐって天然記念物や希少な鳥を撮影した先駆者

2018.08.29
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海草が茂る北海道室蘭の海辺を、アオサギが飛ぶ。北海道では夏、九州では冬、本州と四国では年中見られる。大正末から昭和初めに鳥の生態を写真で記録した下村兼史は兵庫県豊岡盆地で営巣するアオサギを撮った。写真=MASARU KUMAGAI

 1922(大正11)年1月、佐賀市にある実家の庭にカワセミが毎日やって来て、池にかかる枝に止まることに、下村兼史は気づいた。18歳のときだ。下村はその鳥を写真で撮ろうと思い立ち、ドイツ製のガラス乾板式カメラを池の畔に据えた。そして、カワセミがいつも止まる場所にピントを合わせ、シャッターレバーに木綿の紐を結びつけて家の縁側まで延ばす。カワセミが来たら紐を引いてシャッターを切る作戦だ。

「運よく二三時間後に我が思ふ壺の場所へカハセミは鮮美の姿を現はした。夢中で引いた紐の先でガシャリとかすかなシャッターの音がしたとき、私はあの鳥が写ったと思はず喜びの声を上げたものだ」と、下村は後に振り返っている。

 このときを境に、下村は鳥の撮影に没頭していく。大きくて重い撮影機材を携えて、北は日本領だった北千島や樺太、南は奄美群島や小笠原諸島にまで足を運び、列島各地で鳥を撮影していったのだ。下村が撮った鳥は160種近く。それらの写真は1930(昭和5)年に日本初の本格的な野鳥写真集として発表されたり、その5年後にロンドンの大英博物館自然史部門分館で開催された国際自然写真展に出品されたりした。

「下村の写真の真骨頂は、鳥とその生息環境、自然の素晴らしさを、1枚の写真に詩情豊かに閉じ込めている点だと思います」と話すのは、山階鳥類研究所の特任研究員を務める塚本洋三さん(78)だ。塚本さんは、下村の遺族が研究所に寄贈した1万1000点を超す資料の調査と整理を担当した。その「下村コレクション」には、ガラス乾板や大型のモノクロネガ、プリントなど、下村が撮影した写真関連の資料が9969点も含まれている。

 作業は4年を要する大掛かりなものだったが、塚本さんにとっては夢のような体験だった。バードウォッチングに青春をささげた塚本さんは、鳥の生態を美しく写真に収める下村の大ファンだったからだ。

 60年ほど前、塚本さんは下村に会ったことがある。憧れの人を前に緊張しながらも、野鳥や写真のことを話した。「温厚で、口数が少なくて、優しい感じの人でした」と印象を教えてくれた。私が訪ねたとき、塚本さんは下村の生誕115年を記念する写真展の準備に追われていた。下村の作品と生涯を広く知ってもらいたいと塚本さんは願っている。写真展は山階鳥類研究所の主催で9月に東京で開催される。

※ナショナル ジオグラフィック9月号「鳥を旅する」では、下村兼史の作品や記録を手掛かりに、日本版編集長が各地を旅しました。

文=大塚茂夫/日本版編集長

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