ヨーロッパでコレクションされているセイウチの牙のうち、1100年代までのものはほぼすべて、近場である東の海域でとれたものである可能性が高い。具体的にはバレンツ海やアイスランド、スバールバル諸島などの海域だ。

 しかし、その後の数百年、西暦1400年ごろまで、牙の出どころははるか遠くの西側の海域のものに変わっていた。これはグリーンランドに定住したノース人が、ヨーロッパと牙を取引していたことを示唆している。(参考記事:「バイキングと北米先住民」

 研究を率いたノルウェー、オスロ大学の古代DNA専門家バスティアン・スター氏は、この地理的な変化は「かなりの驚き」だったと語る。

「ヨーロッパからもアクセスできた東(のセイウチ)が乱獲されたためでしょうか? それとも、グリーンランドからヨーロッパへの移動が経済的になり、貿易の独占が可能になったのでしょうか?」

貿易に頼るしかなかった

 グリーンランドに暮らしていたノース人を研究するデンマーク国立博物館のジェッテ・アルネボルグ氏は、第三者の立場で、グリーンランドの沿岸地域はとても寒く、そこでの生活はかなり厳しいものだったと説明する。ノース人の入植者は生きるために必要なものを持ち合わせていなかったため、ヨーロッパとセイウチの牙をつかって貿易するしかなかったのだろう。

「グリーンランドで生き延びるには、貿易に頼るしかなかったのでしょう。鉄など、現地では手に入らないものがいくつもあったためです」とアルネボルグ氏は話す。「そのため、彼らは入植したその日から、何か取引できるものを見つけなければなりませんでした。それがセイウチの牙だったと、私たちは考えています」

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ポーランドのボリン島の祭りでは、バイキング時代の戦士にふんした人々が当時の戦闘を再現する。 PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER

 しかし、1400年代半ばまでに、ノース人はグリーンランドから立ち去り始めた。気候変動と海面上昇が原因で、ささやかな農地が荒廃してしまったためだ。一部の考古学者は、重要な貿易相手だったノルウェーとの接点を失った可能性を指摘している。(参考記事:「バイキング、知られざるその壮大な歴史」

 アルネボルグ氏は「ノース人の入植者たちはセイウチ貿易に依存していました」と述べたうえで、1つの大きな可能性として、「ヨーロッパとの接点を失い、貿易できなくなり、苦境に陥ったのでしょう」と指摘した。

 研究を率いたスター氏は「私は初期のグローバル化の記録だと考えています」と話す。「この時代にはすでに、ヨーロッパでの需要が遠く離れた北極圏に影響を与えていたのです」

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文=ALEJANDRA BORUNDA/訳=米井香織