19世紀半ば、植物学者から成る探検隊が、南米エクアドル東部にあるキホス渓谷の雲霧林へ調査に入った。うっそうと生い茂る植物を斧で切り落としながら、やっとの思いで前へ進んだ。一行は、人類がかつて一度も足を踏み入れたことのない原生林の奥深くを旅していると思い込んでいたことだろう。
だが、それはまったくの思い違いだった。その昔、この一帯には先住民のキホス族が高度に洗練された農耕社会を築いていたからだ。だが、その社会も16世紀にスペインの入植者たちによって滅ぼされてしまう。人間がいなくなった後、キホスの人々が築き上げた社会の痕跡は植物で覆い尽くされてしまった――キホス渓谷にかつて農耕社会があったことを示す論文が2018年7月16日付けの進化と生態学の専門誌「Nature Ecology and Evolution」に発表された。
アマゾンとアンデスを結ぶ交易ルート上にあったキホス
キホス渓谷は、世界でも有数の生物多様性を誇る雲霧林に囲まれている。コロンブスのアメリカ大陸到達以前、渓谷に沿ってアマゾンの豊かな低地とアンデス高地を結ぶ交易ルートが存在した。スペイン人が入植するはるか前から、人々は谷底のやせた土地でトウモロコシ、カボチャ、豆、パッションフルーツを栽培して暮らしていたようだ。 (参考記事:「アマゾンに広がる古代都市ネットワーク」)
論文を書いた研究者たちは、この谷で小さな湖を見つけた。湖底から1000年分の年縞堆積物をボーリング調査で取り出してみると、コアサンプルの一番深い部分(最も古い時代の年縞)に、かつて人間が定住していたことを示す証拠が見つかった。
その証拠とは、微量の花粉だ。風が吹き抜ける開けた土地でしか育たないトウモロコシをはじめとする植物の花粉で、谷や周辺の森から湖まで風で運ばれてきたものと考えられている。これは、かつてキホス渓谷で農耕が行われていたことを示している。さらに、火をおこしていたことを示す炭の破片も多く発見された。
スペイン人は1540年代、先住民の社会を崩壊させたようだ。先住民は虐殺されたり、捕らえられて奴隷として働かされたりした。キホス族は反乱を起こしたが、土地を追われるなどして1578年までにはいなくなり、やがては入植したスペイン人もこの地から撤退した。
虐殺や疫病で多くの先住民が命を落としたこの時代について、「人類史上、まれにみる悲劇が起こったと言っていいでしょう」と、論文の筆頭著者であるニック・ローフリン氏る。今回採取された堆積物のコアサンプルで、キホスの農耕文化がいつ消滅したかが正確にわかった。(参考記事:「アステカ人の大量死、原因はサルモネラ菌か」)
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