古代の超巨大噴火、人類はこうして生き延びた

過去200万年で最大級、アフリカの海岸は祖先の避難所になっていた

2018.03.14
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【参考動画】熱い溶岩にのみ込まれたカメラ、動画を撮り続けていた
溶岩流の通り道にカメラが置きっぱなしにされ、本体は焼けて壊れてしまったが、映像は残っていた。(解説は英語です)

 インドの研究者らは、当時の人類(解剖学上は現代のホモ・サピエンスと必ずしも一致しない)が噴火を生き延びた証拠を発見した。またアフリカのマラウィ湖の堆積物からは、噴火が一帯の気候を大きく変化させてはいないことがわかった。それでも当時のアフリカで起きたことを正確に知るには、トバ火山の灰が積もった考古学遺跡を見つける必要があった。

 スミス氏は2011年、ナショナル ジオグラフィックが企画した南アフリカ、ピナクルポイントへの旅に夫婦で参加し、そこでアリゾナ州立大学の考古学者カーティス・マリアン氏に出会った。ピナクルポイントは、インド洋を見下ろす海辺にある考古学遺跡だ。

 マリアン氏がスミス氏に現地の土のサンプルを見せると、スミス氏はひと目で、これに火山灰が含まれていることを見て取った。その後間もなく、スミス氏はマリアン氏のチームに加わった。そして次の夏、彼らはサンプルの収集を行った。

 まずはピナクルポイントと、近隣のフリースバーイ遺跡を覆っている火山灰がどこから来たものなのかを突き止める必要があった。研究者らはサンプルを精査し、火山の「名刺」の役割を果たす、目に見えないほど微細なガラス片を探した。見つかったガラス片は、トバ火山や、トバ火山の降灰があった場所のものと化学的特徴が一致していた。

 さらに論文の共著者でオーストラリア、ウーロンゴン大学の研究者ゼノビア・ジェイコブズ氏が火山灰層の年代を調べたところ、7万4000年前の前後5000年の範囲のものと推定された。これはトバ噴火の時期とぴったり一致する。

 研究者らは、この火山灰層とその上下の層から、熱処理された石器や動物の骨など40万点を超える人類の遺物と、火が使われた痕跡を発見した。これらの証拠から、南アフリカの海岸にいた現生人類は噴火の後に繁栄し、数千年間その土地に住み続け、さらには革新的な道具まで作り出したと、研究チームは述べている。(参考記事:「恐竜絶滅、火山噴火がお膳立て、新たな研究でも」

【参考ギャラリー】大迫力、空から至近距離で撮ったハワイの溶岩 10点(画像クリックでギャラリーページへ)
米国ハワイ島、キラウエア火山から流れる溶岩流。ドローンを使って撮影した。(PHOTOGRAPH BY EREZ MAROM)

海岸は唯一の避難場所だった?

 マリアン氏らは、南アフリカの海岸が、トバの大噴火をやり過ごす現生人類にとって、おそらくは唯一の避難場所として機能したのではないかと考えている。2009年のある研究は、噴火によって地球の気温が7度低下し、海岸以外の場所に住むアフリカの人類の生存を脅かした可能性があるとしている。(参考記事:「人類発祥の地は東アフリカか、南アフリカか」

「もし気温が著しく低下する“火山の冬”が起こったのだとしても、海岸沿いはそこまで寒くはならなかったでしょう」。2009年の論文の共著者で、米ラトガース大学の気候科学者アラン・ロボック氏はそう語る。

 ロボック氏は同時に、トバ大噴火が気候に与えた影響はそこまで大きくはなかったとする研究があることも指摘する。2010年、気候科学者のクラウディア・ティムレック氏は、トバ火山が大気中にあまりに大量の硫黄を注入したせいで、微粒子が互いにくっつきあって沈降し、長期的な気温低下の影響が抑えられた可能性が高いと報告している。(参考記事:「古代の超巨大噴火、気候変動は軽微?」

 ティムレック氏の研究は、噴火直後、気温が一部地域で急激に低下したことを示している。しかしそれから3年ほどたったときには、噴火の影響は自然な気候変動と見分けがつかない程度まで小さくなり、人類に及ぶ危険も抑えられたと考えられる。

 ロボック氏は言う。「生き残ったのは果たして彼らだけだったのか。それが重要な問題です」

文=Michael Greshko/訳=北村京子

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