古代ローマで大人気、万能調味料「ガルム」とは

発酵させた魚と塩から作る魚醤、交易路の形成にも寄与

2018.01.25
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1世紀の解放奴隷アウルス・ウンブリキウス・スカウルスは、ガルム商人として富を築き、ポンペイに邸宅を持つに至った。豊かな街ポンペイでガルムの大手サプライヤーとして活躍したと考えられている彼の家のアトリウム(中央広間)の床は、ガルム用アンフォラをモチーフにしたモザイクに彩られている。(FOGLIA/SCALA, FLORENCE)
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 バエロ・クラウディアはガルム生産の重要拠点であり、地中海と大西洋が出会うジブラルタル海峡の近くという至便な場所に位置していた。一帯の海はある種の魚たちの回遊ルートになっており、古代の人々はマグロが産卵のためにここを通るのを狙って網を仕掛けた。この手法は、今も現地で用いられている。(参考記事:「海の弾丸、マグロが高速で泳げる秘密とは」

 イベリア半島にあった工場の大半は、アンダルシア地方の海岸から、ポルトガルのタホ川河口にかけて点在していた。これらの街から出荷されたガルム入りのアンフォラは、ローマ帝国全土で見つかっている。アンフォラが発見された場所をたどれば、ローマ帝国各地の消費者にガルムを届けていた、陸と海にかけて広がる広範なネットワークが見えてくる。

 当然ながら、イタリアには大量のガルムが供給されており、ローマのテスタッチョの丘では数多くのアンフォラが見つかっている。テスタッチョの丘とは、食品用陶器の破片ばかりが30メートルを超える高さまで積み重なっている場所だ。ガルムはまた、陸路で西ヨーロッパを越え、遠くイングランド北部の山岳部にあるハドリアヌスの長城まで到達している。文明世界の最北端にあたるこの寒い土地でも、兵士や市民は地中海の日光に照らされて発酵した魚醤の風味を楽しむことができたわけだ。(参考記事:「威力は.44マグナム並み! 古代ローマ軍の鉛弾」

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