古代ローマで大人気、万能調味料「ガルム」とは

発酵させた魚と塩から作る魚醤、交易路の形成にも寄与

2018.01.25
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北アフリカとスペインの海岸沿いには数多くのガルム工場が作られた。写真はバエロ・クラウディア遺跡。今のスペイン南部タリファにあたる。(CLASSIC VISION/AGE FOTOSTOCK)
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魚漬け工場とガルム

 ガルムはギリシャ料理とフェニキア料理の両方に起源を持つ。紀元前5世紀の難破船からは、ガルムの痕跡が残るアンフォラ(縦に細長く両側に取っ手の付いた陶器)が見つかっており、またガルムという名称はエビを意味するギリシャ語に由来するともいわれる。(参考記事:「地中海で大量の沈没船が見つかる、ギリシャ沖」

 しかしながら、ガルムを誰よりも愛したのはローマ人であった。ケタリアエ(cetariae)と呼ばれる工場が次々と建てられ、ローマ世界のガルム需要を満たしていった。こうした工場は一般に、新鮮な魚が手に入りやすい海岸付近に作られた。また悪臭を撒き散らすことから、街の外に作られることが多かった。

 どのケタリアエにも設けられていた施設としては、中央の中庭、魚から内臓を取り出す部屋、完成したガルムの貯蔵場所などがある。なかでも特徴的なのは、ガルムの製造に使われていた大樽だ。大樽は通常、セメントを使って床に埋め込んだ形で作られたが、岩から削り出したものもいくつか見つかっている。大樽の内部はオプス・シグニーヌム(opus signinum)と呼ばれる防水性の高い材料で覆われており、貴重な調味料が染み出すことがないよう工夫されていた。

 ケタリアエでは、塩漬けの魚とガルムという2種類の製品が同時に作られていた。この2つを一緒に製造することには、非常に合理的な理由がある。ガルムを作れば、塩漬けの工程で生まれる魚の内臓というありがたくない副産物を、きれいに使い切ることができるからだ。(参考記事:「涙なくして語れないタマネギの歴史」

 ガルムを作るには、まず新鮮な魚の内臓を、塩と香りの良いハーブを何層か挟みながら大樽に詰める。よく使われる魚はシラス、カタクチイワシ、サバ、マグロなどだ。これを数カ月間、適度に刺激臭を放つようになるまで日光にさらす。重要なのは塩の量で、少なすぎると腐るし、逆に多すぎると独特の風味を生む自然な発酵のプロセスを阻害してしまう。

 発酵の段階が終われば、内容物をろ過する。こうして出来上がった琥珀色をした濃厚な液体が魚醤ガルムであり、残された搾りかすはアッレク(allec)と呼ばれた。アッレクも、ガルムの低品質な代替品として広く流通していた。(参考記事:「古代都市ポンペイは、現代社会にそっくりだった」

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