自分を救ってくれた船のマストを見たアーチボルド氏は、これも幻覚だろうと思ったという。(PHOTOGRAPHY COURTESY OF BRETT ARCHIBALD)
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――海で、神と対話をしていたのですか?

 私にとって、海は教会です。私は海に行くたびに、自分の神と幸福な対話をします。けれども、ひとりぼっちで海に取り残されたとき、私は怒り、神を呪う言葉をわめき散らしました。そのことが、私を生かしてくれたのです!

 神と対話するたびに、私の心は鎮まりました。私は、ここで人生を終えることを受け入れはじめていました。心は穏やかでした。海は自分を幸せにしてくれる場所なのだから、海に沈んでゆくのも悪くないと思いはじめていました。

――最終的に、海から救出されました。

 最初、小さな赤い十字架が見えました。私は神がまた自分を嘲っているのだと思い、十字架はもっと似合う場所に飾っておけと悪態をつきました。

 けれどもその十字架は徐々に大きくなり、やがて船のマストであることに気がつきました。私は頭を高く上げて絶叫しました! 船から大きな音がし、気づいてもらえたことがわかりました。船は進路を変更し、まっすぐこちらに向かってきました。2人の男性がブイを投げてくれ、私はそれをつかみ、船上に引き上げてもらいました。(参考記事:「「サルが助けてくれた」、アマゾンの遭難者が告白」

 私は彼らに7時間面倒を見てもらい、それから自分の船に戻りました。私は食事をし、ベッドに寝かされましたが、5時間後に目覚めました。誰もが疲れきっていて、船は死体置き場のようでした。

 私は自分が船から落ちたところに行き、小さなベンチに腰かけて、この事故のことを考えました。涙が出てきて、私はむせび泣きはじめました。目を覚ましていた船長がやってきて、私の肩に腕をまわし、一緒に泣きはじめました。私たちはひたすら泣き続けました。5時間半ほど泣いていたと思います。

 夜が明けると、私は船長に海に入りたいと言いました。彼は「絶対にダメだ。必要なら、あなたを船に縛りつける」と言いました。けれども、私は海に入る必要がありました。今、海に入らなければ、二度と海に入れなくなると感じていたのです。私は4時間海に入り、サーフボードの上に座ったり、海に入って泳いだり、波乗りをしたりしました。

 それからビーチに行きました。私はジャングルの中に隠れて、頭をヤシに打ち付けました。自分が幽霊になったような気がしていたからです。頭の痛みと、頭から流れる血の味と、樹皮の匂いで、自分が生きていることをようやく実感できました。

――この経験により、あなたの生き方は変わりましたか?

 180度変わりました! 事故に遭う前の私は物質主義者でした。私は金と豪邸とスポーツカーとプライベートジェットを追いかけていました。それが私の世界でした。(参考記事:「地上でいちばん幸せな場所を探して」

 私は自分をクールな都会人だと思っていましたが、ひとり海を漂流していたとき、自分が追いかけてきたものに何の意味もないことに気づき、生きて帰ることができたら「3つのF」を大切にしようと心に決めました。信仰(faith)、家族(family)、友人(friend)です。

 けれども、帰国後の私を待っていたのは人生最大の戦いでした。今回の経験はキリスト教の信仰を取り戻せという神からのメッセージだと感じたのですが、私にはそれをすることができなかったのです。私はうつ状態になり、ジレンマに苦しめられました。

 そんなある日、ユダヤ人の実業家に自分の苦しみを打ち明けると、こう言われました。「あなたは間違った戦いをしています。神は、この物語を人々と共有させるために、あなたの命を救われたのです。私はユダヤ人なので聖母マリアを信じていませんが、あなたの話は私がこれまで聞いたなかで最も力強いサバイバル・ストーリーです」

 彼の言葉は、私をジレンマから救ってくれました。私はこれまでに、9カ国で300回、3万5000人以上の人々にこの話をしています。

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