聖ニコラウスからサンタへ

 聖ニコラウスが、クリスマスプレゼントを運んでくる北極の住人へとどのように変わったのだろうか。彼はもともと紀元270年ごろに生まれたギリシャ人で、ミラの司教になった。現在のトルコにある、ローマ帝国の小さな町だ。ニコラウスは太っておらず、陽気でもなく、むしろ気性が荒く、屈強だった。聖書が燃やされ、聖職者はキリスト教信仰を捨てないと処刑された「大迫害」の時代に、頑として教会の教えを守ったことで評判を呼んだ。(参考記事:「サンタクロースの墓を発見か、トルコの教会の床下」

 命令に逆らったニコラウスは何年か投獄されたが、コンスタンティヌス帝が国内でキリスト教を公認したため自由の身になった。ニコラウスの名声は彼の死後もずっとあせることはなかった(死去したのは12月6日。没年は4世紀の中頃とされるが不明)。というのも、ニコラウスは多くの奇跡と関連付けられ、彼への崇敬はサンタクロースとの関わりとは別に、今日まで続いているからだ。

聖ニコラウスを描いた宗教画。(PHOTOGRAPH BY HEMIS/ALAMY)
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 ニコラウスは幅広い集団の守護聖人になったことから、聖人たちの中でも高い知名度を得た。カナダ、マニトバ大学の歴史学者で、『サンタクロース:ある伝記』(原題『Santa Claus: A Biography』、未邦訳)の著書があるゲリー・ボウラー氏は、西暦1200年ごろには、ニコラウスは子どもたちの守護聖人であり、魔法を操り、贈り物をくれる人として知られていたと説明する。理由は、存命中にあった2つの逸話だ。

 片方の言い伝えは有名で、ニコラウスが3人の幼い少女を売春婦の生活から救ったというもの。娘たちが結婚するときの持参金にできるよう、若き日の司教ニコラウスは、借金を抱えた父に3袋の金をこっそりと届けたのだ。

「もう1つの逸話は、今ではあまり知られていませんが、中世には広く知れ渡っていました」とボウラー氏は話す。ニコラウスがある宿屋に入ると、宿の主人はたった今3人の少年を殺し、ばらばらにした体を地下のたるに詰めて、塩漬けにしたところだった。司教はこの犯罪に気付いただけでなく、犠牲者たちを生き返らせた。「これもまた、彼が子どもたちの守護聖人となった理由です」

 1200年から1500年ごろまでの数百年間で、聖ニコラウスは贈り物をもたらす揺るぎない存在となり、亡くなった12月6日を中心に祝福されるようになった。この厳格な聖人は、ローマ神話のサトゥルヌスや北欧神話のオーディンなど、ヨーロッパの古い神々の要素も取り入れていく。この2神は白いひげの男性として現れ、空を飛ぶなど不思議な力を持っていた。また聖ニコラウスは、祈りをささげ、良い行いをして規律を守るよう、子どもたちをしつける役目もあった。

 しかし宗教改革が起こると、ニコラウスのような聖人たちは北欧の大部分で崇敬を失ってしまった。「これは問題でした」とボウラー氏。「子どもたちへの愛情に変わりはありません。ならば、誰が贈り物を持ってくればよいのでしょうか?」

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