攻撃のため? 交尾のため?
しかしながら、恐竜の研究者たちが皆この説に納得しているわけではない。「あれほど小さな腕を、相手を切り裂く武器として使うというのは不合理に思えます」と語るのは、学会に出席していた英ブリストル大学の古生物学者ジェイコブ・ヴィンサー氏だ。(参考記事:「Tレックスは頭がいいから最強に?新種化石が示唆」)
ヴィンサー氏は、さらなる証拠が提示されない限り、腕は「より重要度の低い、補助的な目的」のために使われていたという説を支持するという。補助的な目的とは、たとえば、交尾の間に相手をつかむといったものだ。しかし、この説に対してスタンリー氏は、交尾の際に腕を使えば、鉤爪で相手を傷つける危険があっただろうと反論する。
この他、米メリーランド大学カレッジパーク校のティラノサウルス研究者トーマス・ホルツ氏は、完全に成長したTレックスにとって、長さ1メートルの腕は相手を切り裂くには短すぎると述べている。(参考記事:「史上最大の翼竜、こんなに頭が大きかった」)
成長したTレックスの胸は横幅が非常に広く、腕を横に振ったときの「効果的な打撃ゾーン」は、胴体からごく近い範囲に留まるとホルツ氏は指摘する。
「もし当たればそれなりのダメージを与えたでしょうが、腕を効果的に使うにはティラノサウルスが相手の側面に胸をあてがわなければなりません。そうした体勢になった場合、ティラノサウルスは、腕よりもはるかに強力な武器である巨大な顎を使うことができなくなってしまうでしょう」
一方でホルツ氏は、長期にわたる青年期には、Tレックスの腕は体に対して比較的大きかっただろうとも述べている。
「若いTレックスの場合には、腕はより実用的な機能を持ち、歳を重ねるにつれてあまり使われなくなっていったのかもしれません。若いTレックスの方が、腕の大きさに比例して打撃ゾーンも広かったでしょうし、小さな獲物を狙えば、相手を殺すのに必要な力も小さくて済んだはずです」(参考記事:「T・レックスのメニュー拝見、ときには共食いも」)
進化の過程で腕が退化し、巨大な顎が獲物をとらえる役割を引き継いだという説には、スタンリー氏も同意している。それでも、小さな腕が残ったのは、接近戦になった場合、相手を切り裂く役に立っていたからだというのが彼の主張だ。