ロシア極北、トナカイ遊牧民の暮らしが危ない

遊牧民ネネツの人々に押し寄せる資源開発の波

2017.10.01
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シベリアの遊牧民ネネツがトナカイと一緒に天然ガスのパイプラインをくぐる。北方の放牧地に行くには、ここを通らなければならない。(Photograph by Evgenia Arbugaeva, National Geographic)
シベリアの遊牧民ネネツがトナカイと一緒に天然ガスのパイプラインをくぐる。北方の放牧地に行くには、ここを通らなければならない。(Photograph by Evgenia Arbugaeva, National Geographic)
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「もう3年も夏の放牧地に行けないでいる。トナカイが弱って長旅ができなかったんだ」。ロシア極北の遊牧民ネネツの一団を率いるユーリー・フージは話す。

 ネネツの人々は、遠い昔から往復1200キロの大移動を毎年続けてきた。これは世界最長の部類に入る。ロシアに支配され、ソビエト連邦に定住を強いられ、宗教的にも迫害を受けながらも、彼らは独自の言語やアニミズム的な世界観、遊牧生活の伝統を根強く守ってきた。

 ところが今、ネネツの人々はさらなる脅威にさらされている。

 その一つが温暖化。北極圏では「積雪後の降雨」が回数も程度も増大すると予測されている。積雪の後に雨が降ると、雪は厚い氷となって、トナカイが餌を食べられなくなってしまう。2013年から14年にかけての冬は異常なほど暖かく、6万頭を超すトナカイが餓死した。辛うじて生き残ったトナカイも、体力が十分に戻っていない。

 もう一つ、ネネツにとって最大の脅威といえるのが、資源開発だ。ロシアは、新しいエネルギー源を求めて、25万5000頭のトナカイと6000人が暮らすには手狭なヤマル半島の放牧地にも手を出し始めた。

 ほかの地域のガス田が枯渇しつつあるなか、ロシアにとって重要な拠点となっているのがヤマル半島の天然ガス資源だ。ボバネンコボ天然ガス田を運営する国営のガスプロム社は、ロシア国内の天然ガスの大半を生産し、EUが輸入する天然ガスの3分の1以上をまかなっている。

 同社の最高経営責任者を務めるアレクセイ・ミレルによると、ヤマル半島での天然ガス生産量は2030年までに年間3600億立方メートルになるという。これは、ロシア全体で予測される生産量の3分の1以上を占めることになり、ボバネンコボだけで確定埋蔵量は5兆立方メートル近くに上る。

「ガスプロム社が来たばかりの頃は大変だった」とユーリーの兄ニャドマは振り返る。1980年代のことだ。鉄道、パイプライン、道路、砂の堆積場、建物があっという間に姿を現して、「先祖伝来の土地なのに、自分たちの居場所がなくなったようだった。だけど、国も天然ガスが必要なんだ。施設があらかた整ってから、迂回ルートを見つけたのさ。もう大丈夫だろう」と言って、ニャドマは少し間を置いて、こう付け加えた。「道路やパイプラインがこれ以上増えなければの話だがね」

 トナカイの遊牧と石油・天然ガス開発は「バランスよく」共存できるはずだと、ガスプロム社の幹部や地方政府、NGO、それにネネツの遊牧民自身も口をそろえる。だが遊牧の現場に来てみると、そんな主張が幻想にすぎないことがわかる。

 ボバネンコボでは、2年以内に新しいガス処理施設が稼働する予定だ。建設中の2本の鉄道支線は、ほとんどの遊牧ルートを横切る。ネネツとトナカイの大移動はさらに厳しい事態に直面しそうだ。2020年代に入ると、今度はカラ海沿岸にガス田が開発されることになっていて、素晴らしく豊かな放牧地が影響を受けるだろう。ヤマルとは「世界の淵」という意味だが、今は淵から転げ落ちかねない状況だ。

※ナショナル ジオグラフィック10月号特集「天然ガスとトナカイの民ネネツ」では、極北の先住民の暮らしと資源開発の葛藤を追いました。

Gleb Raygorodetsky /National Geographic

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