7000時間におよぶ作業

 ボレアロペルタにとっては長い旅だった。地中での孤独な眠りに日が当たったのは、2011年3月21日のこと。エネルギー企業サンコア社が経営するオイルサンド鉱山で、重機オペレーターのショーン・ファンクさんが化石に行き当たった。

 その後、化石はロイヤル・ティレル博物館の作業場に移された。続いて、技師のマーク・ミッチェル氏が、周囲の岩石を細心の注意を払って取り除いた。実に7000時間以上、6年近くをかけた偉業だ。頭部だけでも、岩から取り出すのに8カ月もかかった。(参考記事:「恐竜化石は「歩いて探す」:小林快次」

ロイヤル・ティレル博物館の技師、マーク・ミッチェル氏が、ノドサウルス類の足と、うろこに覆われた足裏から、時間をかけて周囲の岩石を取り除く。(PHOTOGRAPH BY ROBERT CLARK)
ロイヤル・ティレル博物館の技師、マーク・ミッチェル氏が、ノドサウルス類の足と、うろこに覆われた足裏から、時間をかけて周囲の岩石を取り除く。(PHOTOGRAPH BY ROBERT CLARK)
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「ミッチェル氏の働きがなければ、ボレアロペルタの姿が明らかになることはなかったでしょう」と話すのは、同博物館の研究者で今回の論文の筆頭著者であるケイレブ・ブラウン氏だ。「桁外れの労力です。こうした作業場の技師たちは、往々にして無名のヒーローです」

 発表された論文は、この恐竜が新属新種であることを確認。「マーク・ミッチェルの北方の盾」を意味する学名が与えられた。化石を岩から解き放った技師、見事に保存された装甲、そして恐竜の眠っていた場所を表す名前だ。

「学名を知ったときはとても興奮しました」とミッチェル氏。「両手を高く上げて喜びましたよ」

体の色でカムフラージュしていた?

 今回の論文のなかにある最も刺激的な主張は、新種恐竜の色の推定だ。著者らによれば、恐竜の外側を覆った黒っぽい膜の中に手がかりが保存されているという。

 この膜は恐竜の皮膚が変化した物と考えられている。論文の共著者で、英ブリストル大学の古生物学者、ヤコブ・ビンター氏は、赤茶色の色素であるフェオメラニンの化学的な手がかりが膜の中に見つかったと話す。(参考記事:「最古のメラニン色素、巨大イカから発見」

この恐竜は、生きていたときは体長5.5m、体重1.3トン近くあった。研究者らは全身が化石化したと推測しているが、2011年に発見された際、損傷が少なく元の形に組み立てられたのは体の前半分だけだった。(COMPOSITE OF EIGHT IMAGES PHOTOGRAPHED AT ROYAL TYRRELL MUSEUM OF PALAEONTOLOGY, DRUMHELLER, ALBERTA (ALL))
この恐竜は、生きていたときは体長5.5m、体重1.3トン近くあった。研究者らは全身が化石化したと推測しているが、2011年に発見された際、損傷が少なく元の形に組み立てられたのは体の前半分だけだった。(COMPOSITE OF EIGHT IMAGES PHOTOGRAPHED AT ROYAL TYRRELL MUSEUM OF PALAEONTOLOGY, DRUMHELLER, ALBERTA (ALL))
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 重要なのは、ボレアロペルタのすべての部位で色素の跡が見つかったわけではないことだ。化石の断面に沿って試料を取り、調べた結果、下腹部にはフェオメラニンがなかったとみられるとビンター氏は言う。そうだとすると、ボレアロペルタの下腹部はほかの場所に比べて薄い色になったはずだ。

 動物の中には、背中の色を濃く、腹の色を薄くすることで体温調節に役立てるものがいる。また、同じ配色を「カウンターシェーディング」と呼ばれるカムフラージュとして使う動物もいる。こうしたツートンカラーだと遠くから姿が目立たず、捕食者が発見しにくくなるからだ。(参考記事:「恐竜に濃淡のカムフラージュ模様、初めて見つかる」

 現在の生態系であれば、サイなど体重が1トンを超える陸上の動物が、このような視覚による防御法で捕食者を遠ざける必要はない。逆に、頑丈な装甲をまとった重量級のボレアロペルタにカウンターシェーディングが必要だったとすれば、捕食者が恐ろしく強力だったに違いないということになる。

「単純に言えば、白亜紀は恐ろしい流血の時代です」とビンター氏。「これまでの証拠から考えると、ボレアロペルタを含む重装甲の草食恐竜を獣脚類が倒し、がつがつと食べていたということです」(参考記事:「ティラノサウルスから走って逃げることは可能」

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