「25年前に漁を始めたとき、シラスの値段は1ポンド30~40ドルといったところでした」と語るのは、ダレル・ヤング氏だ。「みんな貧乏で、袋網を買うこともできませんでした。漁師たちは、『冷蔵庫を食べ物でいっぱいにできるくらい稼げた』なんて話していたものです。そこにやって来たのが2012年です」

 ヤング氏は続ける。「私は15万ドル稼ぎました。何でも払えましたよ。税金、家のローン3万ドル、何もかもです。2013年には稼ぎが20万ドルになりました。2年続けてすごい年になったんです。息子に家を買ってやりました」

強まる漁獲規制

 シラスウナギ漁に関して保護と管理の方針を調整している大西洋沿岸州海洋漁業委員会が、資源量への懸念を受けて漁業規制を厳格化し始めたとき、ヤング氏は読み書きができないにもかかわらず「メーン州シラスウナギ漁業者協会」を立ち上げた。「政府は我々に操業をやめさせようとしていました。漁師たちがまとまる必要があると気付いたのはその時です」

 2014年2月、ヤング氏は漁業委員会の会合が開かれたバージニア州アレクサンドリアに入った。「漁業のために闘おうとして行ったのですが、1万1749ポンド(約5.3トン)という上限規制を課されました」。そう言って、彼はたばこの灰を窓から車外に落とした。

「その後、上限はさらに引き下げられ、9688ポンド(約4.4トン)になりました」。この一部(2016年は約21%)は、地元の先住民4部族に敬意を払い、彼らの取り分として認められている。

アダム・ドラゴン氏の娘、メイジー・グレースちゃんは2歳。父親がクーラーボックスをシラスウナギでいっぱいにして戻るのをいつも楽しみにしている。彼女は稚魚たちを「かわいい」と言う。(PHOTOGRAPH BY SARAH RICE, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 現在の仕組みはこうだ。漁業者ごとに、過去のシラスウナギ漁獲量の平均を基にした枠が決められる。漁師がシラスウナギを売るたびに情報が磁気カードに記録され、それが政府のデータベースに蓄積されていくので、取引を追跡できる。

 もう1つ、新しいルールができた。取引業者は現金で買い付けてはならず、小切手のみ使用可というものだ。これは良い改善だったとヤング氏は言う。「それまでは危険でした。何も事件が起きなかったことを神様に感謝しないと」

 さらに上限規制が強まれば、彼らの漁獲量は減らされてしまう可能性がある。ヤング氏は、ほかの漁師たちと共に抵抗していくと断言した。(参考記事:「ウナギ取引は不透明 規制強化が不可欠に」

「特別レポート:米国ウナギビジネスの闇(3) 米国のウナギビジネスに未来はあるか」につづく(2017年6月22日公開)

文=Rene Ebersole/訳=高野夏美