シラスウナギの大群が川を上るとき、炭酸の泡がはじけるような音がするという。(PHOTOGRAPH BY SARAH RICE, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 2年後には、メーン州のシラスウナギについて独創的な論文を書いたものの、その後、シェルドン氏は州政府の仕事を辞め、ロブスターのバイヤーになった。「ウナギにはまったく興味がなかったんです。ですから自分の知識を、サウスカロライナ州のランドル・リビングストンという人物に教えました。この国でシラスウナギの買い付けを事業として始めたのは彼が最初です」

 シェルドン氏はロブスターのバイヤーを25年間続けた。だが1990年の3月19日、25万ドルしたボートが岩棚にぶつかって沈没。保険にも入っていなかったため、シェルドン氏は仕事を失ってしまった。「それでランドルに電話しました。『ビル・シェルドンだけど、生活に困っているんだ。ウナギの仕事に加えてくれないか』。答えは『もちろん!』でした」

 当時、東海岸のどこだろうとシラスウナギを捕るのは自由だった。リビングストン氏らは魚群を追って、1月のフロリダ州から3月のメーン州まで延々と北上した。「トラックに付けた水槽をシラスウナギでいっぱいにして、ニューヨークに向かったものです。シラスウナギは倉庫でパッキングして、日本に輸出しました。当時は全て日本向けでした」とシェルドン氏。

 1990年代後半には、シラスウナギは減少し始めていた。乱獲への懸念に対し、東海岸の州のほとんどがシラスウナギの禁漁で対応した。現在、シラスウナギを捕れるのは、小規模な漁が続くサウスカロライナ州と、年間の漁獲可能量が1万ポンド(約4.5トン)弱のメーン州のみ。フロリダ州でも可能だが、シラスウナギが少なすぎて漁業にはなり得ない。

 メーン州の漁師たちは、この上限は厳しすぎると言う。シラスウナギの広大な分布域は、東海岸全体はもちろん、その外側にもずっと広がっており、自分たちはそのごく一部を捕っているに過ぎないという主張だ。「メーン州は、保護しすぎて悪いことはないという方針です」とシェルドン氏。「しかし、今の規制は行き過ぎです」

まるでゴールドラッシュ

 エルズワースの住民なら誰でも、2012年のウナギラッシュの思い出を語ることができる。

 ポール・ドラゴン氏は67歳。緑色のTシャツにジーンズという格好で、小さな丸太小屋の入り口で筆者を迎えてくれた。薪ストーブの近くに置いたリクライニングチェアに体を落ち着けると、2012年の様子を語ってくれた。「まるでゴールドラッシュでした」とドラゴン氏。「一晩で6700ドル相当のシラスを捕ったこともあります。こんなくたびれたおじさんが、タモ網だけでですよ」(参考記事:「ゴールドラッシュ再来 揺れるユーコン」

 漁師は過酷な労働だとドラゴン氏は言う。「シラスウナギ漁を始めたのは、釣り餌や貝、ロブスターを捕っていた者たちがほとんどでした。そこにシラスウナギ漁が現れた。長雨の後で、雲から太陽が顔を出したようでした。まさに沸き返っていました」

 漁獲制限はなく、その場で取引業者が現金払いをするのも合法だった。

ジェシー・ローリング氏は、メーン州に20人近くいる天然シラスウナギのバイヤーの1人。5月初め、エルズワースではシラスウナギの価格が1ポンド1200~1350ドルの間を上下していた。(PHOTOGRAPH BY SARAH RICE, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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「ビル・シェルドンが50万ドル持って、エルズワースのウォーター通りに車を停めていました」とドラゴン氏は語る。「彼らは現金が足りなくなると電話する。すると誰かが、追加の現金を大きな鞄に入れてやって来るんです。起こっていることが信じられませんでした。想像もつかないことです」

 シェルドン氏はラリー・テイラーというボディーガードを雇っていた。現金を奪われないよう、テイラーは拳銃を見えるようにホルスターに入れて、常に携帯していた。他の取引業者も武器を持つ者が多かった。(参考記事:「暴力と破壊が渦巻く「ウクライナ違法琥珀」」

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