「特別レポート:米国ウナギビジネスの闇」の2回目。アジアのウナギ需要がきっかけで、米国でもゴールドラッシュならぬ「ウナギラッシュ」が勃発、闇取引も横行している。米国東海岸のウナギビジネスを追った。

第1回 ウナギ闇取引を摘発、親玉は「ウナギ漁の父」
第3回 米国のウナギビジネスに未来はあるか(6月22日公開)

ウナギは海から淡水の川に上る前に、ヤナギの葉のような仔魚から、6センチほどの細長い稚魚(シラスウナギ)に姿を変える。この頃には大きな目と背骨が見える。(PHOTOGRAPH BY SARAH RICE, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 米国メーン州の地元紙「バンゴール・デイリー・ニュース」が、ウナギ取引業者ビル・シェルドン氏と連邦政府とのトラブルを報じてしばらくの間、彼がクォンセット・ハットで営むシラスウナギ事業はやや不振だった。

 地元では、メーン州の漁業者の評判を傷つけたと彼に腹を立てる人がいる一方で、「メーンのウナギ漁の父」であるシェルドン氏への尊敬の念も強い。シェルドン氏はウナギの買い付け事業を約20年行っているばかりでなく、40年以上も前から、シラスウナギの捕り方を、エビや貝を専門に捕る漁師たちに教えてきた。

 1000ドルする特製の袋網を買えるように、シェルドン氏は漁師への融資もしてきた。夜の干潮時に網を仕掛けると、上流へ向かうシラスウナギは円錐形のわなの中へと誘導される。これまで、シェルドン氏は1ポンド2000ドル以上でシラスウナギを買った年もある。彼いわく、こうした支払いによって、2012年だけで地元経済に1200万ドルの貢献をしたという。

1970年、東京から1本の電話

 メーン州のシラスウナギ産業は、1本の電話から始まった。1970年、東京にいる米国の水産業担当官が、メーン州の海洋資源局に連絡してきたのだ。そのとき応対したのが、大学で野生生物管理を学んだばかりの新人職員、シェルドン氏だった。

 シェルドン氏は当時をこう振り返る。「担当官は『日本人がウナギの稚魚の供給源を探している』と言いました。『商業漁業ができるほどウナギの稚魚が豊富にいる場所はメーン州にあるか』と聞くので、こう答えました。『ウナギの稚魚がいるかって? 何トンだっているよ』」(参考記事:「ウナギ危機の背景に日本の消費爆発、定着した薄利多売のビジネスモデル」

 1971年の春、シェルドン氏は州内のケネベック川、ペノブスコット川、セント・クロア川、その周囲のあらゆる小川で、シラスウナギが豊富にいる状況を記録した。翌春、捕獲の方法を考えた。「手持ちのタモ網が完璧でした」とシェルドン氏は言う。「仕掛けも考案しました。窓2つと箱を合わせたものです。『シェルドン・トラップ』と呼ばれています」

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