ハーバード教授が説く、人生に必要な「5つの問い」

卒業式でのスピーチがネットで大反響! そこに学ぶ人生哲学とは

2017.05.31
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――本の締めくくりとして書かれている「おまけの問い」について教えてください。

 この「おまけの問い」は、レイモンド・カーヴァーの詩「最後の断片」から引用したものです。「And did you get what you wanted from this life, even so?(さて、たとえそれでも、君はこの人生で望むものを手にしただろうか?)」

 私がこの詩と問いに出会ったのは、数年前、若くして他界した私の親友ダグ・ケンダル氏の葬儀の場でした。この問いは、我々の誰もが人生のどこかの時点で必ず向き合うことになる、究極の問いを完璧に表現していると感じます。(参考記事:「あなたの人生はあなたのもの」

 この問いには「たとえそれでも(even so)」という言葉が添えられていますが、これはどんなに満たされた人生であれ、そこには何らかの痛みや失望があるという事実を示すものです。しかし同時にこれは、「たとえそれでも」、人は実りある満たされた人生を送ることができるという希望を表すものでもあります。これは信じがたいほど力強く、心を揺さぶる問いかけです。

 この問いを「おまけ」として付け加えた理由の一つは、もし人が問いかけをしながら人生を過ごし、またそれがよい問いであったなら、それは充実した人生を送ることと同様にすばらしいことだということを伝えたかったからです。そうすることによって、人は自分にとって本当に大切なことを、常に忘れずにいられるのですから。(参考記事:「世界幸福度ランキング2013、国連」

 もしこの本の続編を書くとしたら、そこには「What do you think?(あなたはどう思う?)」という問いを入れるでしょう。そう問いかけることが有益であることはもちろんですが、同時にこの問いは、同じ場所にいる他の人たちの視点を知るための努力をすることの大切さを思い出させてくれるという意味でも重要です。たとえば夕食の席での会話や会議の場などで、一部の人だけが意見を言っているという状況は少なくありません。意識的に人々の意見を引き出そうとしなければ、大半の人たちは黙ったままで、多くの場合、有益な会話にはならないでしょう。「あなたはどう思う?」という問いかけは、人々を会話に引き込むためのひとつの手段なのです。

――今あなたのところには、色々な人から頼んでもいない質問が殺到しているのではないですか。

 実際のところは、同僚や学生たちが、あの本に書かれた問いを利用して、私にさまざまな要求を突きつけてくるというのが現状です(笑)。たとえば数日前、ある学生が私にメールを送ってきたのですが、その内容は彼女が理不尽だと考える方針の変更についての抗議でした。メールの件名は「Wait, what?(待って、どういうこと?)」で、さらに本文は、「couldn't we at least(少なくとも我々は)」この変更を延期することについて同意できるのではないか、そして「What truly matters?(本当に重要なことはなんだろうか)」と考えた場合……と続いていました。おそらくはこういう事態を因果応報と呼ぶのでしょうね。

文=Christina Nunez/訳=北村京子

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