鶏に乱用の抗生物質、耐性菌の温床と識者が警告

目的は「成長促進」、米では人間の4倍を家畜に投与、その実態と展望を聞く

2017.09.22
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――抗生物質の使用に反対する世界的な流れをもたらしたのは、英国の科学者エフライム・サウル・アンダーソンという科学者でしたが、彼はどのような人物だったのでしょうか。また、英国政府の取った政策はその後どのような影響をもたらしたのでしょうか。

 抗生物質が食用動物に使用されるようになってから間もなく、人々は何かがおかしいと気付き始めました。食中毒に抗生物質が効かなくなっていたのです。最初に英国南部で集団感染が起こり、その後ヨークシャーでさらに深刻な事態になっていることに、エフライム・サウル・アンダーソンという科学者が着目しました。多くの子どもたちが、抗生物質に耐性を持つ大腸菌で命を落としていたのです。

 アンダーソンは感染経路を突き止めようと、牛肉を販売する中間業者をたどっていきました。耐性菌によるこれほどの規模の食中毒は、過去に例がありません。アンダーソンの調査から、感染元は動物たちに大量の抗生物質が使われていた飼育場まで遡り、そこで生まれた耐性菌がやがて人々へと感染したことは明らかでした。この説は当初は論争を呼びましたが、1971年に英国議会は受け入れ、世界で初めて畜産における抗生物質の一部使用を禁止したのです。その後北欧諸国もこれに倣い、さらに欧州連合全体が続きました。米国へその動きが波及したのは、ずっと後になってからです。

ペンシルベニア州にあるこの農家では、鶏を放し飼いにすることにより、養鶏で起こりうる環境危険因子を排除している。(PHOTOGRAPH BY PETER ESSICK, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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――米国では、1977年に食品医薬品局(FDA)が同様の規制をかけようとしましたが、激しい抵抗にあったそうですね。

 英国が行動を起こしてからすぐに、関心は米国へ向けられました。米国の農産物市場は英国よりもはるかに大きく、成長促進を目的とした抗生物質が最初に使われた国でもあります。ちょうどその頃、ジミー・カーター大統領率いる改革推進派政権が誕生しました。大統領は、FDAの局長にスタンフォード大学のドナルド・ケネディを指名しました。ケネディは若くて情熱にあふれ、政治的圧力に屈しない人物でした。

 通常の政府手続きに従って、ケネディは動物用抗生物質の製薬会社を全て召喚して公聴会を開こうとしました。そこで抗生物質の安全性を納得のいくように説明すべきだと、製薬会社へ求めたのです。もしその説明が納得できないものであれば、畜産での使用許可を取り消すと宣言しました。

 ところが、公聴会が開かれることは結局ありませんでした。南部選出で絶大な影響力を持ち、農業界の強い後ろ盾を持つジェイミー・ウィッテンという下院議員が、FDAの予算を承認する委員会の委員長を務めていたのです。ウィッテンはホワイトハウスに対し、公聴会が開かれればFDAの全予算を人質にとると言い渡したのです。

 しかたなくホワイトハウスは、新しく局長に就任したばかりのケネディへ、公聴会は開けないと伝えました。その2年後、ケネディはスタンフォード大学へ戻り、ウィッテンは50年以上連邦下院議員の座にとどまりました。この問題は、それから数十年間、棚上げされたままとなってしまいました。それが再び動き出したのは、オバマ政権になってからのことです。

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