有名なバイキング戦士、実は女性だった

武器と馬を副葬した理想的な墓、遺骨のDNAを解析

2017.09.15
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1889年に発表された、エバルド・ハンセンによる墓のイラスト。発掘者のヤルマル・ストールペが推定した、墓の当初の設計に基づく。(ILLUSTRATION COURTESY UPPSALA UNIVERSITY)
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 結果は明白だった。骨からY染色体は全く検出されず、あちこちの骨から取り出したミトコンドリアDNAは全て一致した。遺骨は1人の人物のもので、その人物は女性だった。

 ヘデンスティーナ=ジョンソン氏らの研究チームは、この女性はおそらく戦士であり、しかも尊敬された戦術家だっただろうと話す。以前のインタビューで同氏は、「膝の上にゲームの駒がありました」と話している。「彼女が戦術を立てており、リーダーだったことを示唆しています」(参考記事:「バイキング、その恐るべき戦法と強さの秘密」

バイキングの生活と交易

 少なくともゾーリ氏は、今回の発見でわかったビルカの姿に魅了され続ける1人だ。この女性が葬られたビルカは、バイキング時代には貿易の拠点だった。屈指の規模と知名度があり、賑やかな貿易の中心地でもあり、ビザンツ帝国とアラブ世界から来た銀が豊富にあった。ドニエプル川、ボルガ川を使って運ばれた毛皮や奴隷の売り上げによって得たものだ。

 おそらくこうした品物や異なる民族が流れ込んだことが理由だろう、ビルカの墓地は国際色が際立っているとゾーリ氏は言う。遺体を火葬したり椅子に座らせたりと、ビルカではあらゆる様式の埋葬方法が採られているのだ。

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「ビルカは交易、人の移動といった点でバイキングの世界を結び付けていました。彼らはただ殺し合いをしているだけではなかったのです」とゾーリ氏は付け加えた。「交易地における戦士の精神を描き出すことも大事です。この地は、バイキングの世界が持っていた2つの大きな側面を結び付けているからです」(参考記事:「バイキングと北米先住民」

 可能性は低いものの、ゾーリ氏は「この女性の親類が、彼女が生前そうした役目を担っていなくても、戦士の装備を一緒に埋めたのかもしれません」と指摘する。しかし、いま出されている根拠からすれば、今回の研究結果はとても信頼できるとゾーリ氏は話している。(参考記事:「若き戦士、中世東欧の墓地発見」

「女性戦士の存在は、根拠となる文献も一部にあったことから、長年にわたって高い関心を呼んできました。そして今や、こうした文献と考古学の接点をより確実に見出せる新技術を、私たちは手にしつつあります」

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