深さ4000メートルの深海で、海底火山によって生まれた珍しい生態系が発見された。
そこは、毛の生えたカタツムリ(のような生き物)や幽霊のようなエビ、奇妙なムシがうごめく生命に満ちあふれた世界だった。なかには新種もいるかもしれない。
今回見つかったのは、パプアニューギニアと日本の間に横たわる活発なマリアナトラフにある3つの新しい熱水噴出孔だ。近くには地球上で最も深いマリアナ海溝があり、地質活動が激しい場所である。(参考記事:「世界最深のマリアナ海溝、映像をライブ配信中」)
「誰もが興奮する大発見です」と、米海洋大気局(NOAA)の海底火山学者で探査チームのメンバー、ウィリアム・チャドウィック氏は語る。
米オレゴン州立大学の深海生態学者アンドリュー・サーバー氏は、今回の探査には関わっていないが、「この生息域から学べることは山ほどあります」と語る。「ここは、既によく調査されている他の場所とは大きく異なっているので、地球上の生態系を全体として理解する上で役立つでしょう」(参考記事:「世界最深、マリアナ海溝の形成プロセス」)
海底探査機がもたらした発見
この噴出孔を見つけることができたのは、米カリフォルニア州パロアルトにあるシュミット海洋研究所が開発した新型の遠隔操作無人探査機(ROV)「スバスチアン」のおかげである。
同研究所の調査船「ファルコー」が海上から操作しながら、スバスチアンは1回の潜航で数週間海底にとどまることができる。
2015年にファルコーがマリアナトラフの事前探査を行った時には、スバスチアンはまだ稼働していなかったため、遠隔センサーを使って噴出孔と活動中の溶岩の流れらしきものを観察し、後の探査のため地図に印を付けておいた。
「暖炉を使っている家を探すために、ヘリコプターを飛ばして煙突から出る煙を探すようなもの」と、チャドウィック氏は説明する。
後で再び噴出孔を探し当てることができるという保証はなかったが、2016年12月にスバスチアンを携えて3週間の探査に戻ると、運よく1回目の潜航で3本の「煙突」(チムニーと呼ばれる、煙突状に突き出た熱水噴出孔の構造物)を発見した。(参考記事:「北大西洋で熱水噴出域を初めて発見」)
この際、スバスチアンは活動中の海底火山の中に飛び込み、煙に包まれてしまった。噴火により、機体の下半分と前面は溶岩に覆われた。
「溶けた硫黄の塊が次々に飛び出してくるのを見た時には、直ちに逃げなければと思いました。ヒヤッとしましたが、同時に胸がわくわくしました」。機械エンジニアの責任者ジェイソン・ウィリアムズ氏はそう語った。
ROVに損傷はなかった。海底は水温が非常に低く、370度近い高温の硫黄がチムニーから飛び出しても、ほぼ一瞬にして冷却してしまうのだ。
まだ見ぬ宝を探して
それから数週間、チームは毎日12時間の潜航探査を行った。朝は日の出前に起床し、ROVを準備して海中へ下ろすと、探査機は2時間かけて海の底へ到達する。
標本を満載したROVが海上へ戻ってくると、操縦室の研究員たちはお宝に飛びつく。夜は採集したものを研究室で分析し、ROV班は翌日の潜水に備えて機体を整備する。
「毎日長時間労働です。大変な仕事ですが、夜遅くまで働く人は朝はゆっくりと、そうでない人は早朝から作業を始めるというように、各々の作業時間を調整しました」と、チャドウィック氏。(参考記事:「【動画】水深3800mの深海に奇妙な生物群集」)
熱水噴出孔は、深海における生物多様性の中心地である。いたるところ泥に覆いつくされた海底に突然硬い表面の岩があれば、そこにサンゴや海綿が貼りつき、やがて周辺に様々な海の生物たちが集まってくる。
さらに、噴出孔は生物の進化に欠かせない熱も供給する。深海で得られる全エネルギーの3%が、熱水噴出孔によってもたらされているのだ。
2012年3月、ナショナル ジオグラフィック協会付きエクスプローラーで映画監督のジェームス・キャメロン氏が、最新鋭の潜水艇でマリアナ海溝の最深部へ到達し、単独での深海潜航で世界記録を樹立した(解説は英語です)
今回発見された噴出孔は、地球上に存在するどんな既知の環境とも異なっているが、この3つは互いによく似ている。3つとも、大きさ、配置、その他の表面的な特徴は違い、互いに最大150キロほど離れているものの、そこに見られる化学組成は驚くほど似ているのだ。
「すべての噴出孔は同じように機能するわけではありません。温度も違い、排出する化学物質も異なります」と、サーバー氏は説明する。「それによって、集まってくる生物も変わってきます」
これからも続く探査
探査を終え、データと標本を手土産に陸へ戻った研究者たちは、スウェーデンからオーストラリアまで、世界中の様々な研究機関へ分析を依頼する予定だ。
全てを分析して、新種が混ざっているか、またはほかの発見があるかどうかがはっきりするまで、1~2年はかかると思われる。一方、ROVチームは研究者たちのフィードバックを受けて、次の潜水に備えてスバスチアンの改良に取り組む。
ファルコーは、今年も同海域へ調査に戻ることが決まっている。600キロに及ぶマリアナトラフの大部分には、まだ人間の探査の手が入っていない。
「新しい場所へ行くというのは楽しいものです。まだ誰も見たことのない新しい何かを発見する可能性を多く秘めているからです」と、チャドウィック氏は言う。(参考記事:「青春を深海に賭けて その3 ぜったい変な未知の生物が見つかるに違いない」)