シャチを脅かす亡霊、禁止された有毒化学物質

30~50年後に世界のシャチの半数が消えるかもしれない、最新研究

2018.10.02
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 SRKWでは、現在少なくとも3頭のシャチが妊娠中だが、ここ数年に生まれた子どもはすべて死んでいる。2008~2014年、科学者たちはタッカーという名のラブラドールレトリバーの雑種犬を使ってシャチの糞を集め、分析を進めてきたが、昨年発表された研究成果によると、この期間に妊娠したシャチの70%近くが流産していたことがわかった。(参考記事:「シャチに更年期? 閉経するまれな動物」

 シャチの個体数回復のための取り組みを統括するNOAAのリン・バール氏は、「この30年で最悪の状況です」と言う。

 SRKWの危機には多くの要因が寄与しているが、重要なものは3つ。第1に、アザラシやアシカを食べるほかのシャチとは違い、SRKWはほぼマスノスケしか食べないことだ。マスノスケは近年激減しているが、1頭のシャチは毎日百キロ以上の魚を食べる必要がある。一方、海を行き交う船舶の騒音は、シャチが反響定位により食べ物を探すのに邪魔となるため、シャチはより遠くまで食べ物を探しに行かなければならなくなった。(参考記事:「音波探知で好みのエサを見つけるシャチ」

 シャチが空腹を抱えて餌を探し回っていると、体脂肪が代謝され、脂肪に蓄えられていたPCBやその他の有毒化学物質が血流中に放出される。この汚染物質は免疫系を傷つけ、病気になるリスクを高める。また、シャチの繁殖力を著しく低下させるほか、神経毒として作用してシャチの方向感覚を失わせ、食べ物の探索をさらに困難にするおそれもある。シャチが飢えて体が小さくなると、体内のPCB濃度が上昇し、影響が増幅される。

「これらの脅威のすべてが相互作用しているのです」とバール氏は言う。

健康そうに見えても危ない

 シャチは人間と同じくらい長生きする。したがって、今日生きている個体のなかには第二次世界大戦中やその後のPCBが大量に使用された時期から生きているものもいるはずだ。また、PCBの作用はゆるやかであるため、おとなになってからも子どもの頃や母親の胎内にいた頃の曝露による影響を受け続けることも考えられる。

 つまり、健康そうに見える群れでも実際には危険にさらされている可能性があるということだ、とロスは言う。

 ピュージェット湾のシャチの個体数が急激に減少している一方で、近くの海域を訪れるアザラシやアシカを食べるシャチは、PCB濃度は高いものの、個体数は安定している。また、カナダとアラスカのシャチの個体数は増加している。

 しかし、PCBはほとんどすべての生理機能に影響を及ぼしうるため「数字だけでは語れないところがあります」とロス氏。

 例えば、ヨーロッパのゼニガタアザラシの個体数は、1960年代にPCBや農薬の影響により激減したが、1980年代後半に大きく回復した。しかし、政府関係者が危機の終息を宣言した直後、ウイルス感染症により半数以上が死んでしまった。長年の曝露によって免疫系が弱まっていた可能性が高いとロス氏は言う。

 デフォルジュ氏とロス氏は、PCBの禁止によってシャチの状況が好転したことは明らかだと言う。「それがなければ、もっと減少していたでしょう」

 けれども彼らは、残存する汚染物質を浄化するために、各国は国内法とストックホルム条約に基づき、より迅速に行動する必要があると主張する。シャチは、PCBのほかに食料不足、海洋の騒音、気候変動など多くのリスクに直面しており、群れの個体数を速やかに回復させるためには、これらのリスクにも迅速に対応する必要がある。(参考記事:「シャチを悩ませる船の騒音問題」

 ロス氏は、「行動の裏付けとなる情報は十分に揃っています」と言う。「私たちが迅速に対応できているかどうかは、時間が教えてくれるでしょう」

【参考ギャラリー】賢いハンター、シャチの写真13点(写真クリックでギャラリーページへ)
水面から頭を持ち上げるシャチ(ノルウェー、アンフィヨルド)(Photograph by Paul Nicklen, National Geographic Creative)

文=Craig Welch/訳=三枝小夜子

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