ママは何でも知っている
狩猟と家畜化されたヒツジからの伝染病のため、ビッグホーンの個体数は1800年代後半から急激に減りはじめた。野生生物保護団体と狩猟団体は、ビッグホーンの個体数を回復させるため、1970年代初頭から、現存する群れのビッグホーンの一部をかつての生息地に移送する活動を行っている。(参考記事:「大型個体を捕り尽くす狩猟で生態系危機」)
こうした歴史と現代のGPS技術のおかげで、米ワイオミング大学の生態学者マシュー・カウフマン氏の研究チームは、動物たちの移動行動の変化をたどれた。大学院生のブレット・ジェズマー氏が率いるチームは、少なくとも200年前から存続しているビッグホーンの群れの129頭と、最近になって移送された80頭のビッグホーンと189頭のヘラジカに、GPS付きの首輪を取り付けた。
「有蹄類については、移動に関する遺伝的プログラムは全然ないと考えられていました。つまり、彼らは学ばなければならないのです」とカウフマン氏は言う。もしそうなら、人間によって移送された動物は、まだ移動ルートを学んでいないため、移動しないと考えられる。
実際、その通りだった。
「ビッグホーンとヘラジカの若い個体は、母親に強く依存しています。ほかのシカとエルクについても同様です。彼らは生後1年近く、基本的に母親のあとをついて回ります」とカウフマン氏。「ですから彼らは、母親の移動ルートの空間的記憶を受け継ぐのです」(参考記事:「【動画】巣立った後も親のすねをかじるペンギン」)
移送された80頭のビッグホーンのうち、移動を試みたのは7頭だけだった。その7頭は、移送先にもとから住んでいた、大移動をする数百頭の群れに加わったビッグホーンたちだった。このことは、移動に関する知識が、母から子への垂直方向だけでなく、成体から成体への水平方向にも受け継がれることを意味する。
これは、有蹄類には新天地を求める本能が備わっていないという意味ではない。安全に移動する方法を知っているかどうかが問題なのだ。カナダ、シャーブルック大学の生物学者マーコ・フェスタ=ビアンチェット氏は、今回の研究には参加していないが、「A地点からB地点まで行くためには、通常、捕食者に襲われやすい場所や、食料事情がよくない場所を越えて行かなければならないので、どの道を通るかまで知っている必要があります」と言う。「その部分を学習する必要があるのです」
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