氷の下に潜って生命を調査する研究者たち。(PHOTOGRAPH BY JEAN GAUMY, MAGNUM PHOTOS)

 グリーンランドの北極圏には、何もない景色が広がっている。凍りついた平原に雪が舞えば、陸と空の見分けもつかなくなる。写真家ジャン・ゴーミー氏は、この眺めを「抽象芸術」のようだと表現し、フランス人生態学者フレデリック・オリビエ氏は「テラ・インコグニタ(=未知なる大地)」と呼ぶ。(参考記事:「氷に覆われてるのに「グリーンランド」、なぜ?」

 この数年、2人は生態学者ロラン・ショボー氏も加えてチームを組み、この一帯を探索してきた。

 オリビエ氏とショボー氏は、今のうちに、この土地に暮らす生物について記録したいと考えている。北極地方は、気候変動の影響を最も激しく受けているからだ。2018年7月には、グリーンランドのヘルハイム氷河から巨大な氷塊が分離して流れていった。氷の融解が進むことで、調査している生態系にも影響が及ぶことをチームは危惧している。(参考記事:「北極海の海氷面積、観測史上2番目の小ささに」

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氷の下の風景。(PHOTOGRAPH BY JEAN GAUMY, MAGNUM PHOTOS)

 2人の研究者が関心を寄せるのは、氷の下の冷たい海だ。そこは、軟体動物や甲殻類やぜん虫類、節足動物、ヒトデといった底生生物たちでにぎわっている。2人は水のサンプルを採り、全く未知の種がいないか探す。これまで、北極圏では2000種余りの生物が発見されてきたが、オリビエ氏はこの数字は2倍以上になるだろうと考えている。(参考記事:「【動画】氷の下を漂う驚異の生命、グリーンランド」

凍てつく海に潜って

 氷に覆われた海では、データの収集は容易ではない。

 作業は骨が折れるうえ、危険だ。ホッキョクグマが辺りをうろつくこともあるし、気象は予測がつかない。オリビエ氏とショボー氏、そして調査チームのメンバーたちは、ドライスーツを着て氷の下の凍てつく海に潜る。サンプルを集めると研究室に持って帰り、精査する。新種が見つかったかどうかわかるまで1、2年かかることもある。(参考記事:「絶景、氷の世界のアドベンチャー写真21選」

「どんなサンプルを採るのも、まさに厳しい条件と限られた時間との闘いです」とオリビエ氏。

 グリーンランドの陸地は生命の少ない厳寒の土地だが、氷の下の海には北極地方で一番の生物多様性があるとオリビエ氏は言う。2人は二枚貝を研究することで、この海の生態系や気候変動の影響について解明を進められると考えている。(参考記事:「グリーンランドは温暖だった?写真で見る洞窟探査」

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ダイバーが水中聴音器を氷の下に固定。小型生物が立てる音や、氷にひびが入る音を録音する。(PHOTOGRAPH BY JEAN GAUMY, MAGNUM PHOTOS)

 オリビエ氏とショボー氏は底生生物のほかにも、この海で雑音が生物に与える影響の調査にも取り組んでいる。

 海洋生物、特に哺乳類は大きな音に敏感だ。例えばクジラは、遠く離れた仲間と長い鳴き声でコミュニケーションを取る。しかし、大型船や水中掘削といった人間の活動がもたらす雑音は、彼らのコミュニケーションや移動を混乱させている可能性がある。

 北極圏では遊覧船やコンテナ船の航行が増えているが、グリーンランド北東部は今も比較的周囲から隔てられている。手つかずの地域にどんな音の世界があるのか知るため、現地調査の間、オリビエ氏とショボー氏は水中で録音を行った。他の地域の背景雑音と比較するのに使いたいと考えている。(参考記事:「【動画】驚き!薄氷でスケートすると神秘的な音」

 今のところまだ手つかずの北極地方で、サンプルを採集する作業は骨の折れる仕事だ。「私の活動やペースは、チームが求める時間や移動の条件に合わせづらいことがよくあります」と70歳のゴーミー氏は語る。「これは私の挑戦です」

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