エジプト最古のミイラの防腐剤、証拠を発見、研究

ファラオ統治以前の先史時代で初、定説より1500年早まる

2018.08.20
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初の直接的な証拠

「フレッド」の愛称を持つこのミイラは1990年代前半から、トリノのエジプト博物館に収蔵されていた。現代の防腐剤は使用されておらず、科学者による研究も行われていなかった。

 ジョーンズ氏らはミイラから試料を採取して、様々な試験を行い、ミイラの防腐剤を構成する化学成分を正確に突き止めようとした。その結果、軟膏の基剤は複数の植物油で、そこに植物由来のゴムまたは糖分、加熱後の針葉樹の樹脂、芳香植物のエキスを混ぜていることがわかった。特筆すべき点は、加熱後の針葉樹の樹脂と芳香植物のエキスには、微生物の増殖を防ぐ効果があることだ。

 これらの成分は数千年後のエジプトで使われていた軟膏と似ているだけでなく、10年をかけて調べた布に含まれていた物質とも驚くほど似ていた。

「間違いなく、以前の研究結果を裏付けています」とジョーンズ氏は断言する。

【動画】古代エジプト101:ピラミッドやファラオ、ミイラ、霊廟で有名な古代エジプト文明は数千年にわたって繁栄した。しかし、この文明は私たちに何を残したのだろう? 特に言語と数学の分野でさまざまな文化的発展を遂げた古代エジプトが後世に与えた影響を紹介しよう。(解説は英語です)

 先史時代のミイラはみな、体を丸めており、臓器もそのまま残されている。エジプトと聞いたら思い浮かぶ棺に入ったミイラとは似ても似つかない。しかし、軟膏に関する基本的な考え方は変わらなかったようだ。

 ジョーンズ氏によれば、軟膏は「粘性のある茶色いペーストみたいなもの」だったという。布を軟膏に浸してから遺体に巻きつけたか、遺体に直接軟膏を塗ったかのどちらかだろう。完成したミイラは熱い砂に埋められ、焼けつくような太陽の熱と軟膏の防腐効果でミイラ化を進めたと思われる。(参考記事:「世界各地のミイラ、ちょっと意外な作成法も」

 後の時代の「典型的」なミイラはあおむけの状態で、太陽の光が届かない墓地に埋葬された。そのため、脳や臓器を取り出した後、ナトロンと呼ばれる乾燥剤を使って遺体を乾かす手間が必要だったのだろうと、バックリー氏は分析している。(参考記事:「ミイラの発掘 クフ王のミイラを想像する」

より古くから、より広い地域でつくられていた可能性

 ジョーンズ氏らの研究はまた、先史時代に、ミイラづくりがこれまで考えられていたよりも広く行われていたことを示唆している。最初の研究で分析した布が発見された場所と、トリノのミイラが眠っていたとされる場所が、南北に160キロ以上も離れているためだ。

 古代エジプトの人々はどのようにレシピを考案したのだろう?

「おそらく一部の材料はもともと、何らかの象徴的な意味合いを持っていたのだと思います」とバックリー氏は推測している。「後から、防腐効果があることがわかったのでしょう」。バックリー氏によれば、現在、布が発見された場所を調べているところで、さらなる研究成果を発表する可能性もあるという。

 米メリーランド大学で解剖部門の責任者を務めていたロン・ウエイド氏は、ジョーンズ氏らの論文が徹底的な調査に基づいていることを高く評価している。ウエイド氏は1994年、ナショナル ジオグラフィックの支援を受け、古代エジプトと同じ方法で現代人のミイラを作成したことがある。(参考記事:「改めて見るとやっぱりすごい、古代エジプト文明」

「ミイラをつくった当時、これらの情報を少しでも知っていたら、きっと面白いことになっていたでしょう」

文=MAYA WEI-HAAS/訳=米井香織

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