海の哺乳類に「農薬危機」か、同じ遺伝子が損傷

有機リン系農薬から身を守る機能を進化の過程で喪失、サイエンス誌

2018.08.16
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有機リン系農薬による「危機」

 有機リン系農薬が有害であり、水生動物の生息地を汚染していることは明らかだが、今のところ、海生哺乳類がその影響を受けているかどうかはわからない。有機リン系農薬の中でも特に有害なものとして知られているのはクロルピリホスで、コリンエステラーゼという酵素を阻害し、アセチルコリンという神経伝達物質を蓄積させて悪影響を及ぼす。(参考記事:「アフリカの汚染物質飛来でカリブのサンゴに危機」

 2000年、米国環境保護局(EPA)は、クロルピリホスがヒトにも齧歯(げっし)類にも有害な影響を及ぼすことは明らかであるとして、クロルピリホスを含んだ建材を住宅に使用することを禁じた(日本でも2003年に禁止された)。長年PON1を研究している米ワシントン大学の生化学者クレム・ファーロング氏によると、特に子どもはPON1酵素の量が不十分であるため、クロルピリホスの影響を受けやすいという。実験では、PON1遺伝子を欠失させたマウスは、正常なマウスには全然影響がない濃度のクロルピリホスの影響を受け、死んでしまった。

「マウスモデルとヒトに関するすべてのデータが、PON1が有機リン系農薬への抵抗性を決定していることを示しています」とファーロング氏は言う。「裏付けとなるデータは非常に強力です」

 農業でのクロルピリホスの使用を禁止しようとする提案もなされたが、2017年にEPAのスコット・プルイット前長官により却下された。しかし2018年8月9日、連邦裁判所は、EPAはクロルピリホスの安全性を証明していないとして、トランプ政権にクロルピリホスの使用を全面的に禁止するように命じた。

 目下、フロリダからカリフォルニアやオーストラリアまでの農薬汚染水域には、有機リン系農薬から身を守るすべを持たないマナティー、イルカ、クジラが生息している。クラーク氏らは、米国南東部で頻発する海生哺乳類の異常死と関係があるのではないかと疑っている。(参考記事:「環境悪化のグレート・バリア・リーフでジュゴン増加」

 クラーク氏らはまもなく、フロリダ海域のマナティーから血液を採集して有機リン系農薬の兆候を探し、農薬の流入との関連を探る予定だ。(参考記事:「マナティー過去最多6000頭超に、米フロリダ」

「マナティー体内の農薬の濃度については、直接的なデータはまったくありません」とハンター氏は言う。「私たちはそれを直接測定し、機能するPON1遺伝子をもつ動物と比較して、マナティーが農薬のリスクを受けやすくなっているかどうかを明らかにしなければなりません」

 科学者たちは早くも次の研究に向けて動きだしているが、自分たちの研究の成果がただちに規制の強化につながるとは考えていない。

「政府は、農薬が子どもたちに有害であることが明らかになっても、その使用を禁止しようとしないのです」とクラーク氏は言う。「海生哺乳類への影響が明らかになったからと言って、状況が変わるとは思えません」(参考記事:「環境汚染で170万人の子どもが死亡、WHOが報告」

【参考ギャラリー】クジラの世界 写真14点(写真クリックでギャラリーページへ
ダイバーと出会ったミナミセミクジラ。全長16メートル、体重60トンにまで達する個体もいる。ニュージーランド、オークランド諸島沖の砂に覆われた海底で。(PHOTOGRAPH BY BRIAN SKERRY, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

文=Nadia Drake/訳=三枝小夜子

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