海の哺乳類に「農薬危機」か、同じ遺伝子が損傷

有機リン系農薬から身を守る機能を進化の過程で喪失、サイエンス誌

2018.08.16
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なぜ失われたのか?

 海洋哺乳類がPON1を持たなくなった理由や、PON1が失われたことで何らかの生理学的利点がもたらされたのか、あるいは単に不要になったから失われただけなのかといったことは、まだわからない。

「その遺伝子を失うことに利益があったから失われたという場合と、持っている必要がなくなったから失われた場合を区別するのは困難です」とマイヤー氏は言う。「その違いは微妙で、遺伝子が本来もった機能を失った後では、どちらと言うのは本当に難しいのです」

 PON1は通常は脂質の代謝に関与しているので、マイヤー氏は当初、遺伝子のパターンの変化は陸から海への移行により食物が変わった結果かもしれないと推測していた。しかし、ホッキョクグマのように海のものを多く食べている陸生哺乳類でもPON1遺伝子の機能が失われていないのに対し、陸のものを多く食べている海生哺乳類では失われているため、この推測は否定されたという。

 マイヤー氏らは、現在は、鰭脚類をヒントに別のシナリオを考えている。カイギュウ目やクジラ目とは異なり、鰭脚類の中にはPON1の機能を失っていないものもいたのだ。PON1の機能が失われていたのは、ウェッデルアザラシのように、特に深くまで潜るものだけだった。あまり深くまで潜らないセイウチなどは、まだPON1の機能が残っていた。こうした発見から、PON1遺伝子の失われた機能は潜水に伴う酸化ストレスと関係があるのかもしれないというのが彼らの考えだが、この点についてはさらなる研究が必要だという。(参考記事:「漂海民バジャウ、驚異の潜水能力を「進化」で獲得」

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 クラーク氏は、私たちはアザラシがPON1の機能を失うところに立ち会っているのかもしれないと言う。

「クジラ目は水中に棲むようになって長いのですが、鰭脚類はそうではありません」とクラーク氏は言う。「鰭脚類が全体として進化すると、絶滅する系統と繁栄する系統が出てくるでしょう。生き残ったものは1000万~2000万年後にはクジラ目にそっくりになっているかもしれません。残念ながら、私がそれを見届けることはできませんが」

 より短期間でできる研究として、クラーク氏らは、ビーバー、マスクラット、カピバラなどの水生動物や半水生動物の遺伝子の配列を決定しようと計画している。(参考記事:「海生哺乳類が長く潜水できる理由」

「PON1をもつ種と失った種の環境要因の違いを明らかにするためには、PON1を失った種や集団と、失っていない種や集団が必要です」とマイヤー氏は言う。

次ページ:有機リン系農薬による「危機」

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