340日ぶり宇宙からの帰還、現場はカオスだった

宇宙船の焦げた匂いと、群がる人々の混沌

2016.03.09
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カザフスタンの着陸地点へ向かう道に設置された標識。ロシア宇宙機関は何十年もの間、この地で地球に帰還する飛行士を迎えてきた。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 ロシアの宇宙機関ロスコスモスから、警告のメッセージが届いた。宇宙船の帰還を間近で見ることの危険性を伝えている。これは素晴らしい冒険になると確信した。

 カザフスタンの大草原に、米国のスコット・ケリー氏とロシアのミハイル・コルニエンコ氏を乗せたソユーズTMA-18Mの着陸を見に行く。2人は国際宇宙ステーション(ISS)で340日間を過ごした宇宙飛行士で、2015年9月から合流したセルゲイ・ヴォルコフ氏とともに帰還する。極度の宇宙オタクである筆者にとっては、夢のような話である。そんな仕事、無償でも買って出たいぐらいだが、もちろんそんなことは口に出さなかった。なぜなら筆者は、この仕事で稼いでいるライターであり写真家であるのだから。

午前4時、着陸地点に向けて出発した。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 シンプルな旅のはずだった。まずモスクワへ飛び、そこからカザフスタンのカラガンダ行きの飛行機に乗り継ぐ。そして大草原を500kmドライブした後、最後に25kmほどスノーモービルを使って宇宙船の着陸地点に到着する予定だ。筆者は、3人の優秀なロシア人紳士にガイドを依頼した。

 初日のドライブは問題なかった。むしろあっけないくらいで、目的地まであと80kmの地点まで到達、2本のウイスキーを飲みながら夜を迎えた。しかし2日前に積もった雪で、大草原は沼地と化していた。ここから着陸地点まで、車で行くべきか、スノーモービルで行くべきか? ウイスキーを飲みながらの議論が続いた。

ソユーズの着陸地点を探すガイドのアレクサンドル・ヤロシ氏。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 興奮しすぎた筆者は、一睡もできなかった(そもそもマイナス10℃の車内で暖房もつけずに眠れる者などいるのだろうか)。夜が明ける前に出発すると、午前5時、暗闇の中に小さなモニュメントが出現した。生花が置かれている。1971年に命を落とした3人の宇宙飛行士の記念碑である。ソユーズ11号の再突入時にバルブが故障し、圧力低下で窒息死したのだ。我々は3人に敬意を表し、再び早朝の闇を進んだ。

着陸現場には、幸せなカオスがあった。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 カプセルの帰還予定時刻は午前10時20分。ところが9時ごろ、現場に向かう4台の車のうち1台が泥にはまった。20分かけて押してみたが、うまくいかない。そんな時はプランBだ。スノーモービルに分乗し、1台だけ車を使う。着陸に間に合うようにと、必死のレースが始まった。我々は、着陸時に最も近い場所にいるはずの第1探索チームを探した。何千キロも続く見通しのいい大草原にもかかわらず、探索チームの車を見つけだすのは驚くほど難航した。実際我々は、何度も間違いを犯した。最初に見つけたのはテレメトリー(遠隔測定)の車、次に見つけたのは第2探索チームだった。

窓越しに大平原を見るスコット・ケリー宇宙飛行士。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 ついに1台のスノーモービルが第1探索チームを見つけ、我々はぎりぎりで着陸地点に到着した。パラシュートが開くときの衝撃波が大草原を横切った。小さなカプセルを見つけようと誰もが空を見上げたが、そこには何もない。数分後、ヘリコプターの音が聞こえてきた。見上げるとそれらはとても小さく、遠くを飛んでいるようだった。ヘリコプターはソユーズを見つけたのだ。それは、予定地点から約17kmも外れた場所だった。(参考記事:「ロケットの垂直着陸に成功」

カプセルから出てきたミハイル・コルニエンコ宇宙飛行士。スコット・ケリー氏とともに国際宇宙ステーションに340日間滞在した。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 我々は再びスノーモービルに乗り込んだ。なかなか距離が縮まないのがもどかしい。6機のヘリが、近くに着陸しているのが見える。筆者は、ソユーズの帰還カプセルがタンポポの種のようにゆっくりと降りてくることを切に願った。でも、間に合わなかった。

 着陸の瞬間は逃したものの、本物の宇宙カプセルの近くにいられることのなんとロマンティックなことか。再突入の炎で焦げた匂いが漂っている。近くには、最後に下降速度を落とすためにロケットを逆噴射した時のクレーターができている。

切り離されたソユーズの熱シールド。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 驚いたのは、現場の騒乱だ。

 メディアはカプセルに近づけないと聞かされていた。もちろん、カプセルへの道は封鎖されていたが、封鎖はただの提案でしかなかった。黒焦げになったカプセルにカメラマンが押し群がり、窓にカメラを押し付けている。フラッシュがたかれ、身動きの取れない宇宙飛行士の目をくらませる。

 スマートフォンで撮っている人もたくさんいる。数時間後には、皆のタイムラインに掲載されるのだろう。宇宙飛行士はカプセルから出ると、そこに座って写真撮影と質問タイムが設けられた。ケリー氏は落ち着いている。コルニエンコ氏は嬉しそうだ。ヴォルコフ氏は少し困惑した様子がうかがえる。寒さに驚いているのかもしれない。7カ月もの間、温度・湿度がコントロールされたブリキ缶の中にいたのだから。(参考記事:「2011年、ソユーズで帰還した宇宙飛行士」

着陸後、撮影大会が始まった。ソユーズや宇宙飛行士のほか、宇宙服と写真を撮る人も。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 インタビューが終わると活気のあるロシア人兵士がやってきて、宇宙飛行士たちをオレンジ色の救護テントへ運んでいった。すると、本格的に記念写真撮影の大騒ぎが始まった。脱ぎ捨てられた宇宙服とぱしゃり。カプセルの前でぱしゃり。切り捨てられたパラシュートとぱしゃり。すべてに撮影の価値がある。なにしろたった今、宇宙から帰ってきたのだ。そんな光景を目撃できる機会は、人生で何度もないだろう。(参考記事:「火星探査、宇宙飛行士の健康への懸念」

 宇宙飛行士が出発したので、我々もそこを去ることにした。文明社会へ戻る、2日間の長旅だ(ある場所で、チーム内の7つのタイヤが同時にパンクした)。帰り道で、故障したスノーモービルを回収した。ロシア人は、切り捨てられたソユーズの熱シールドから即席のソリを作ってみせた。斧を何回か振り下ろすだけで、宇宙飛行士を死から守っていた熱シールドが、今は違う役割を果たしている。

【フォトギャラリー】スコット・ケリー飛行士が撮影した、息をのむほど美しいISSからの写真15選

 一生ものの体験だった。ずっと夢見ていたことと実際の体験では違っていることが多いが、今回も例外ではなかった。ロシア人は、宇宙開発に対して気持ちがいいほど畏敬がない。ある意味、ソユーズの着陸は、家族の出来事なのだ。見学者と当事者の間に障壁はほとんどない。あるのは、達成したことへの明らかな誇りと喜びだ。それは、カオスである。と言っても、喜ばしいカオスだ。そこにいた多くの兵士も、軍のミッションで来たというより、修学旅行のような雰囲気だった。

 ほんの数時間の出来事を見るために、何千キロも旅をした価値はあっただろうか? もちろんだ。もう一度行けと言われれば、私はすぐにでも出発するだろう。

帰り道、車がカザフスタンの泥にはまった。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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文=Phillip Toledano/訳=堀込泰三

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