100年前の日本を愛し、世界に伝えた女性記者

26点の写真でつづる、ナショジオ初の女性記者・写真家・理事エライザ・シドモア

2017.02.28
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生き続ける遺産

 残念ながら、ナショナル ジオグラフィックのアーカイブにシドモアの手紙はあまり残されていない。シドモアの死後、彼女の親友が手紙をすべて破棄するよう求めたためだ。シドモアのいとこは、「彼らがやり取りした手紙には極秘情報が含まれているそうです」と、その求めに応じた。

 故郷ウィスコンシン州のある新聞はシドモアの死を受け、「あれほど国際的な友人を持ち、多様な仕事をした米国人女性はいない」という追悼記事を掲載した。

エリザ・シドモアが日本の公園で撮影した満開の桜。
日本の公園で撮影した満開の桜。シドモアはこの木に魅せられ、米国にも植えようと何十年も尽力した。(PHOTOGRAPH BY ELIZA R. SCIDMORE, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 しかし、シドモアが歴史に刻んだ功績はほとんど忘れ去られている。シドモアの伝記を執筆しているダイアナ・パーセル氏は、先駆的なジャーナリストが歴史に埋もれてしまったのは、女性の生涯が夫の物語の脚注として扱われていた時代に、シドモアが独身を貫いたことも関係しているのではないかと考えている。

 しかし、春になるとワシントンD.C.にやって来る人々は、それと知らずにシドモアの遺産を守り続けている。シドモアは1885年に初めて日本を訪れてから30年近く、その間6度交代した政権に対し、ポトマック河畔のタイダルベイスンに桜の木を植えるよう陳情し続けた。1912年、大統領夫人のヘレン・タフトが3000本の桜の最初の1本を植樹したとき、シドモアも立ち会った。(参考記事:「100年前、米国に桜をもたらした3人の米国人」

 現在、毎年150万人の観光客がタイダルベイスンの桜を見にやってくる。大統領夫人だったエレノア・ルーズベルトは「Reader’s Digest」の記事で次のように述べている。「この素晴らしい光景を見ると、いつも思い出します。エライザ・シドモアという1人の米国人のエネルギーとビジョンへの感謝を」

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