ジカ熱の流行は中絶に対する考えを変えるのか?

先天異常のおそれと中絶の違法性

2016.02.10
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ブラジル、リオデジャネイロ近郊のヴィラ・カノアスに住む妊娠7カ月の女性。ジカ熱が蔓延している国のほとんどで、中絶は厳しく制限されている。しかし、ジカ熱の流行が変化がもらたすもしれない。(PHOTOGRAPH BY PILAR OLIVARES, REUTERS)
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 1960年代の米国に、あるウイルスが恐怖をもたらした。大人の症状は一般的な風邪とさほど変わらないのに、妊婦が感染すると、胎児の難聴や心臓欠陥、精神障害のほか、死亡すら招くというものだった。

 それはジカウイルスではなく、風疹ウイルスである。風疹は米国社会に深い影響を与えた。それまでタブー視されていた中絶が、道徳的ではなく医学的な決断として提唱されるようになったのだ。先ごろブラジルおよびコロンビア政府が発表した声明は、同様の影響が予想される内容だった。どちらの国も、中絶は今でもほぼ例外なく違法である。

きっかけは1960年代の流行

 1940年代にオーストラリアで風疹ウイルスが大流行した後、風疹による先天異常の可能性を示す最初の報告書が出された。風疹と先天異常を関連付けた眼科医、ノーマン・グレッグ氏は、感染した妊婦は中絶を選択できるべきだとするアイデアに当初から賛同していた。

 米国では1958年に風疹が大流行したが、米国人が風疹の本当の恐ろしさについて認識するようになったのは、60年代以降である。1960年代初頭に深刻な先天異常を引き起こした薬害サリドマイド禍を経て、64~65年の風疹流行時に、米国政府は妊婦が感染する危険性について積極的な警告を行ったと、『危険な妊娠(Dangerous Pregnancies)』の著者レスリー・J・リーガン氏は言う。

 米国でも中絶は違法だったが(避妊が禁じられていた州も多かった)、刑法には医師が医学的な理由で「治療の目的の中絶」を行うことを許可する例外が含まれていた。例外とは妊婦に命の危険がある場合を意味するものだったが、定義があいまいだったため、一部の医師が風疹に感染した女性に対する中絶を始めた。その後、医師らが「治療のための中絶」を許可する条件を法的に定義するよう主張した結果、全国的な中絶合法化のムーブメントにつながった。

「風疹は、中絶に関する公の議論を巻き起こし、初期の中絶権ムーブメントを後押しする役割を果たしました」とリーガン氏。1973年に中絶が法的に認められるころには風疹はもはや推進力ではなかったものの、風疹の大流行は「女性のみならず男性も、中絶という手順の有効性とそれを合法化する必要性について議論するきっかけとなりました」(参考記事:「マリファナ合法化の波、米連邦にも」

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カトリック国で中絶は合法になるか

 現在、ジカ熱が爆発的に広まっている国は主にカトリック国であり、その大半で中絶は制限されている。

 ブラジルでは、出生児が小頭症を発症している例があり、その大半がジカウイルスによるものと考えられているが、この国で中絶が合法になるのはレイプ、妊婦の健康に対する脅威、無脳症の場合のみ。しかし、小頭症の前例が存在すること、さらに感染した妊婦の中絶を支持する声明をブラジル人医師らが出していることから、50年前に風疹によって米国で起きたことと同様に、ブラジルでもジカウイルスによって中絶に対する慣行が変わる可能性がある。先天異常による中絶の前例がないコロンビアでも、保健相が、感染した妊婦が中絶を求める権利を示唆している。(参考記事:「マリファナの科学」

 リーガン氏は、風疹によって中絶に関する議論が進んだのは、家族の問題としてとらえられたためだと述べている。ウイルスに感染した妊婦への中絶許可は、健康な子どもを産みたいという両親の希望を叶える手段として提案された。

 そうして風疹感染時の中絶許可は、やがて女性が自分の体をコントロールできる権利を主張するムーブメントへと成長した。当初から中絶が女性解放の問題ととらえられていたら、その許可は道徳的な観点から難しい課題となっていただろう。(参考記事:「自閉症と予防接種にまつわる迷信」

 ジカウイルスの流行によって、感染国の女性が中絶を求められる境遇が拡大すれば、やがて米国と同じ変化が起こるかもしれない。(参考記事:「【解説】猛威振るうジカ熱、いま注意すべきこと」

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