「体内細菌は細胞数の10倍」はウソだった

細胞30兆、細菌40兆とする新たな推定値

2016.01.18
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
「体内の細菌数はヒトの細胞数の10倍」と聞いたことがあるかもしれない。――しかし、それが間違いである可能性が指摘されている。(PHOTOGRAPH BY IAN CUMING, ALAMY)
[画像のクリックで拡大表示]

 人体は微生物のるつぼだ。何兆もの細菌がすみ、健康維持に貢献している。その重要性はあまたの研究で明らかになっているが、一方で長年まことしやかに語り継がれている言説がある。「人体に住む細菌の数は、ヒトの細胞数の10倍」というものだ。

 しかし、新たに発表された推定値では、体内の細胞と細菌は近い数であるという。

 論文投稿サーバー「BioRxiv」に公開された論文によると、イスラエル・ワイツマン科学研究所のロン・ミロ氏率いる3人の科学者チームは、平均的な男性の体は30兆の細胞でできており、約40兆の細菌が含まれることを発見した。細菌の大半は、消化管内に生息している。(参考記事:「細菌は40万Gの重力でも生き延びる」

 つまり、細胞数はちょっとしたことで細菌数を超える可能性があるということだ。たとえば排便によって数兆の細菌を排出した直後は、実際に細胞のほうが多いこともあるだろう。

 10倍という比率は語呂がいいため、いたるところで引用されている。報道機関によるさまざまな記事で見られるだけでなく、科学者もよく引用しているほどだ。ではこの数字、どこから出てきたのだろうか。

 2010年、研究者モセリオ・シャクター氏とスタンレー・マロイ氏が、その謎の究明に取り掛かった。その結果、優秀な微生物学者ドウェイン・サベージ氏が1977年に出したレビューに端を発していることがわかった。

 サベージ氏は、変わり者で有名な研究者T. D. ラッキー氏が行った細菌数の推測値と、教科書に載っていた妥当だが裏付けのないヒトの細胞数を組み合わせて、10倍という比率をわり出した。その後、科学者はサベージ氏のラフな言説をあたかも真実であるかのように信じてきた。

「10倍の言説は、都市伝説にありがちな特徴をすべて備えています」と言うのは、ノルウェー・ベルゲン大学のオーレ・ビョルン・レクダル氏だ。根拠のない学術的主張が流布する過程について研究しているレクダル氏は、このように付け加えた。「非常に多くの著者が、読者に知識を伝達する前に原典に当たって信頼性を確認するという原則をないがしろにしています」(参考記事:特集「科学を疑う」

男性の便と赤血球から推定

 過去の心もとない細菌数の推定値を改善するために、ミロ氏らは平均的な男性の結腸の大きさ(409mm)と、便1グラム当たりの細菌数に注目した。ヒトの細胞数に関しては、私たちの細胞の多くが赤血球であるという事実を利用して計算した。その結果は、これまでに報告されている最良の推定値とほぼ一致している。

 今回の研究はまだ他の科学者によるレビューを受けていないが、この結果によって細菌と細胞の比率に関する議論が終わるとは思えない。ヒトの細胞数を推定するのは、実に難しいことで有名なのだ。しかも今回見積もった比率は平均的な細菌数に基づくものであり、実際の細菌数は個人差が大きい。そのため、数の比較ではない別の指標を使うべきではないかという議論も出ている。

 正確な数がどうであれ、細菌が私たちの健康に欠かせないことに変わりはない。数が10倍でないからと言って、細菌の重要性が10分の1になるわけではないのだ。(参考記事:「「アイスマンにピロリ菌発見」が意味すること」

【フォトギャラリー】電子顕微鏡で見た細菌の世界

文=Michael Greshko/訳=堀込泰三

  • このエントリーをはてなブックマークに追加