幽霊ラン、学名「エピポギウム・アフィルム(Epipogium aphyllum)」(Photograph by blickwinkel/Alamy)
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「幽霊ラン」。見つかったかと思うと消えてしまう。数十年間、森の中を探しまわっても見つからず、希望を失いかけたころに、また突如として姿を現す。親指ほどの大きさで、葉が一枚もなく、英国で最も希少な植物で、発見されるたびに植物マニアが大騒ぎする。(参考記事:「ショクダイオオコンニャク、ついに開花」

 近頃、街にはスマホ片手にポケモンを探す人々があふれているが、それに負けず劣らず、古くから続いてきた「レアもの探し」に熱中する人々がいる。

ゲームの始まり

 事の始まりは1855年、英ヘレフォードシャーに住むアンダーソン・スミス夫人が、小さな花を見つけたことだ。その花はシダやイラクサの影に隠れるように咲いていた。彼女がその花を摘みとり、地元に住む植物マニアの男性に見せたところ、彼はこれを学名「エピポギウム・アフィルム(Epipogium aphyllum)」という葉のないランだと言った。これはノンフィクション『蘭に魅せられた男』に登場する希少ラン「ポリリザ・リンデニイ(Polyrrhiza lindenii)」や、日本で見つかるユウレイラン(Didymoplexis pallens)とは別ものだ。イングランドで見つかったのは初めてだったため、このランは展覧会に出品されたが、その後見当たらなくなってしまった。地元の新聞記事にはこうある。「展示室を片付けるときに誤って駄目にしてしまったらしい」

レックス・グレアム氏が採取した幽霊ラン。1953年。(Image courtesy National Museum Wales)
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 その後、幽霊ランはいっこうに見つからなかったが、20年後、最初に見つかった場所から遠く離れた森の中で2例目が発見された。それからさらに20年経って、3番目の目撃情報があった。第1次世界大戦が終わるころには、幽霊ランは数十年に1度だけ、あるときはスコットランド、またあるときはイングランドやウェールズに突如として現れるというのが定説になっていた。植物愛好家たちは、幽霊ランが次はどこに現れるのか、何がその種子を運んでいるのか、大いに頭を悩ませた。ハエなのか、ミツバチなのか、鳥なのか。正解は誰にもわからない。

女の子が発見

 1926年には、幽霊ランの噂はすっかり有名になっており、ラン探し競争は激しさを増していく。ウェールズのカーディフ国立博物館には、熱心な植物ハンターであったエレナー・ヴェーチェル氏の日記が残っており、5月のある朝、ロンドンの大英博物館の職員が友人のフランシス・ドゥルース氏を訪ねてきたことが興奮気味に記されている。博物館員は、何か新しい発見がなかったか尋ねるため、数年ぶりに来訪したのだった。

 地元の植物ハンターであるドゥルース氏の家には、ちょうど、森から採ってきたばかりの幽霊ランが花瓶に挿してあった。小さな女の子からもらったのだという。博物館員にラン探しを依頼されたドゥルース氏は、件の日記を書いたヴェーチェル氏を呼び寄せたのだ。

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左:エレナー・ヴェーチェル氏。右:ヴェーチェルが描いた幽霊ランの絵。(Image courtesy National Museum Wales)

ゲームスタート!

「興奮冷めやらぬひとときだった」とヴェーチェル氏は書いている。「すぐにタクシーが呼ばれ」、探索チームが森の中へ入って、花をつけている幽霊ランが他にもないかと探しまわったが、何も見つけられなかった。

 彼らは近所を訪ねてまわり、幽霊ランをくれた女の子の住所を手に入れた。訪ねてみると、女の子はなんとランをもう1本持っていた。ドゥルース氏は女の子に、これが大発見であることを知らせ、研究のためにランを譲ってくれるよう頼み込んだが、彼女は頑として首を縦に振らなかった。

 しかし、ランを見つけた場所まで案内するのは構わないと言ってくれたので、ドゥルース氏とヴェーチェル氏は、女の子と森へ戻った。ところが、その付近を懸命に探しまわっても、何も見つからない。さらに数日後、ヴェーチェル氏はもう一度現場に戻って土を掘り、細根から新しい芽が伸びていないか確かめたが、収穫はなかった。待っていても花は咲かない。ここでゲームオーバーだ。

英バッキンガムシャー州で撮影。1986年。(Photograph by Robin Bush, Getty)
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ついに発見!

 幽霊ランは1950年代と80年代にも発見され、その後23年の空白期間をへて、最後に目撃されたのは2009年のことだ。オートバイ会社のオーナーで植物ハンターのマーク・ジャニンク氏が、てっぺんに小さな白い花をひとつだけつけた幽霊ランを1本探しあてた。高さはわずか15センチで、英インディペンデント紙の記事にはこうある。「とても控えめな姿だった。数メートル先からでは見えないほどだ。見つけた瞬間、ジャニンク氏は叫んだ。『ああ、こんなところにいたのか!』」(参考記事:「世界最小のランを偶然発見、エクアドル」

 ある博物館のサイトに掲載された記事には、ジャニンク氏が数カ月間、幽霊ランを探し続けていたと書かれている。「彼は過去の幽霊ランの目撃情報をもとに、ランが好む環境、開花の時期、天候のパターンなどを精査し、可能性の高い地点をウェストミッドランド州の10カ所に絞って、2009年の夏の間、そこを2週ごとに訪れた。そして9月、彼はついに小さな幽霊ランを発見した。植物学者らは大いに沸き立った。幽霊ランは2005年、正式に絶滅種とされていたからだ」

 こうして幽霊ランはよみがえった。偉大な科学作家、リチャード・フォーティ氏はこのランについて、おそらくは英国で最も見つけにくい植物だと書いている。「花が背後にある葉にほぼ完全に紛れてしまう」ためだ。幽霊ランは半透明で、周囲の色に紛れてしまい、さらには何らかの手段で遠くまで移動できる。まさに「幽霊」だ。「あれほど小さな種を持つ植物が、どうやって驚くほど遠い場所に現れるのか、これまでに読んだ文献では説明がつかない。不気味だとすら感じる」(参考記事:「【動画】深海で幽霊のようなタコを発見、新種か」

 不気味といえば、幽霊ランには葉緑素がない。森に生えるほとんどの植物には緑色の細胞があり、これが光合成をして太陽の光と空気から糖をつくり、エネルギーを得る。しかし幽霊ランは光を必要とせず、他の植物が育つことができない暗闇で大きくなる。これまでは幽霊ランの生態も謎だったわけだが(実は下に生えたキノコから栄養分を盗む腐生植物(菌従属栄養植物)と判明している)、何よりもすばらしいのは、このランが今も生き残っているということだ。

 過去150年間、幽霊ランは人々を挑発し、もてあそび、暗闇に隠れ、死んだふりまでしてきた。人々はいつしか、幽霊ランが長い間見つからなくとも、どこかには存在し、じきに姿を現すはずだと信じるようになってきた。現代にまだこうした謎めいた話があるのは、なかなか興味深い。

文=Robert Krulwich/訳=北村京子