米銃乱射事件、悲しみから立ち上がろうとする人々

オーランドは負けない――住民や現場にいた生存者の声を聞いた

2016.06.29
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ジョリオン・レンジ氏、イズマエル・「イジー」・バスケス氏、およびヒース・マーヴィン氏。 「今こそ、私たちが発言するときです。注目されている私たちが、声を大にするときなのです」と語るバスケス氏。(Photograph by Wayne Lawrence, National Geographic)
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 イジー・バスケス氏は、未明にナイトクラブ「パルス」で銃乱射事件があったことを、その日の午後になるまで知らなかった。「携帯のWi-Fiをオンにしていなかったんです。仕事に行ってWi-Fiに接続したら、ものすごい勢いで携帯が鳴り出しました」と、バスケス氏は言う。「一晩中、母や姉妹、家族みんなが私に電話をかけていたんです。つい最近、兄弟が亡くなったばかりだったので、みんな私の身にも何かあったんじゃないかと心配して」

 米国フロリダ州オーランドのナイトクラブで49人が殺され、数十人が負傷した乱射事件が起こってから、動機や責任の所在、法制度について数多くの疑問の声が上がった。そして、通夜や葬儀に参列した人々や、献血や献金の列に並ぶオーランドの人々には、ぬぐい去れない1つの疑問が残る。「我々はこれからどこに向かうのか」(参考記事:「オーランド銃撃事件を世界が追悼、写真11点」

「パルス」は、オーランドのLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)たちが集まるクラブで、事件の晩は週に1度の「ラテンナイト」だった。そのため、犠牲者の90パーセント以上はラテン系の人々だ。今回の事件は、銃乱射事件としては米国史上最悪の犠牲者を出したのに加え、9.11同時多発テロ以降に起きた最悪のテロ行為であり、LGBTやラテン系に対する最悪のヘイトクライム(憎悪犯罪)でもある。

 オーランドでは今、夫婦やカップルは我が子の安全を心配し、事件で生き延びた人々は罪悪感に苛まれている。ボランティアは、少しでも役に立てるならと奔走する。そんな中で、我々が取材し、写真に収めた人々は、そろって愛と結束、希望を口にした。

Photograph by Wayne Lawrence, National Geographic
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ケビン・ボレッリ氏

「こういった非常時には、今この瞬間だけではなく、みんなが日々心を一つにすることが大切です。どこで誰の身に起きてもおかしくありません。犯人が特定のコミュニティを狙ったと知って、本当に胸がつぶれそうです。とても現実のこととは思えません」



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ジュナ・エスペランス氏

「みんな、ひどいショックを受けています。世界中でニュースになるようなことが、自分の住んでいる場所で起こるなんて思ってもいませんでしたから。あまりに突然すぎて何が起こっているかもわからない状態で、いつ死んでしまうかわからずに怯えなければならないなんて」



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テリー・デカーロ氏(左)とウィリアム・ホルスマン氏

 デカーロ氏は、米国セントラルフロリダGLBTセンターの事務局長だ。彼は事件の6日後、パートナーのウィリアム・ホルスマン氏と一緒にオーランドにあるキャンピング・ワールド・スタジアムに出かけた。その日に行われていたのは、プロサッカーリーグのオーランド・シティSC対サンノゼ・アースクエイクス戦で、ナイトクラブ「パルス」乱射事件の犠牲者への追悼試合だった。



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エイミー・モシャー氏

「本当に嫌な事件で、悲しくなります。怒りが込み上げるのでこのニュースは見ないようにしてるんですが、若いころ自分もよく通っていた地元のクラブで起こったことなんですよね。避けようにも、嫌でもこのニュースが耳に入ってくるんです。事件が起こってからほぼ毎日、LGBTセンターでボランティアをしているので。ボランティアとして活動していると、少し気がまぎれますし、オーランドに愛があふれ、団結が強まっているのを目にすると、心の傷が少し和らぎます。ゲイもストレートも、黒人も白人も、イスラム教徒も、みんなが1つになっています。この最悪な時でも、本当に前向きになれます。この事件で、私たちのコミュニティは深刻なダメージを受けています。この町のゲイクラブは私たちの憩いの場でした。あのようなことが私たちの憩いの場所で起こったので、今は不安でたまりません」



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ニャケ・コング氏

「今回のようなことが起こると、1995年に両親が南スーダンからここに移住したときのことを思い出します。両親は、衝突や内戦から逃れるため米国にやって来ました。争いに巻き込まれたくなくて脱出したんです。ですから、こういうことが起こると、両親は故国でどんなことを経験したのだろうと考えてしまいます。同じことが、この米国でも起こっているんです。世界のどこに行っても、至る所に暴力がはびこっています。自分らしく生きている人たちが、こんな暴力にさらされるなんて、けっしてあってはならないことです」(参考記事:「地図で見るLGBT違法の国、合法の国」



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エドウィン・サンティアゴ氏(左)と
パートナーのフェリックス・ソト氏

「翌日になっても、事件が現実とは思えませんでした。その後もずっとです。いちばんきつかったのは、友人たちの無事を確かめることでした。事件が起こったときは、私も現場にいました。銃声を聞いて、テラスの壁を飛び越えたんです。幸い、私はクラブの外に出られました。メールを送りたくても、もうその人はいないとか、会いたくてももう会えないとなれば、そのつらさはずっと続きます。もうその人がいない現実や、自分が生き残った罪悪感に向き合うのは、とても苦しい戦いなのです」



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シオマラ・フロレス氏(左)とパートナーのティミシャ・グランドスタッフ氏、娘のキーレ・マシナさん(後ろ右)とサマディ・グランドスタッフさん

「私たちには12歳と6歳の子どもがいます。子供たちは今、もしかしたら両親が無事に帰ってこられないんじゃないかと怯えるような日々を送っていますし、この先も、私たちが無事でいるかどうか不安に思っています。事件が起こる前も、2人は学校で変わり者扱いされていましたから、なおさらこの事件が深刻に感じられます。家族に目を配り、守り、お互いを愛することが本当に大切なのです。憎しみを抱くことなく」



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ディミトリアス・スパイアス氏

「銃撃のあった晩、パルスにいました。ちょうど帰るところで、扉のところに立っていたら、突然、銃声や人々が騒いでいるのが聞こえました。私は扉から飛び出して、振り返りませんでした。銃撃で怪我をした人や命を落とした人の家族を思うと、心が引き裂かれそうです」

文=Melody Rowell/訳=倉田真木

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