携帯で変わるパキスタンの伝統社会、写真21点

時代の変化を受け入れる山村の姿を、写真家が見つめた

2016.10.27
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 ゴジャールを再訪するたび、私は新たな変化に気づかされた。外国人はめったに見かけなかったが、カラコルム・ハイウェイが改修されてジープや四輪駆動車以外の車も走れるようになり、パキスタン南部からの観光客が訪れやすくなり、またワヒ族の人々は南部の都市に行きやすくなった。

 若者や女性たちはそうした都市で勉強するために地元を離れ、夏期休暇には最新流行のファッションに身を包んで帰省した。道路沿いには店が続々と増え、新しい香辛料、砂糖たっぷりのスナック菓子、ソーダが売られるようになった。(参考記事:「草原を去るモンゴルの遊牧民」

いとこのバイクにまたがる女性。自立した暮らしを送れるように、バイクの運転を学びたいのだという。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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クリケットの試合を終えて帰宅するフセイニ村の男性。腕に巻いた布は、日焼け防止とおしゃれの両方の意味があるという。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 しかし表面的には変化しているように見えても、ゴジャールの精神は今も昔のままだ。

「山深いこの土地では、ここを訪れる大切な客人と私たちとの関係はずっと変わりません」とジャン氏は言う。「子どもたちは都会に出ていっても、心の底では皆、土地から日々の糧を得る山村の農民です。欧米が私たちをどう見ているかを考えると悲しくなることもありますが、くよくよと思い悩むよりもジョークで笑い飛ばすようにしています」

拡大図の

範囲

タジキスタン

アフガニスタン

中国

ゴジャール

パスー

パキスタン

インド

50 mi

イスラマバード

50 km

ANDREW UMENTUM, NG STAFF

 アルヴィ氏の送別パーティーの翌日、私たちは若者が集まる近所の山に登った。はるか遠くにトポップダン山がそびえ、その麓には緑のオアシスとパスー村が見える。荒涼とした渓谷に、一本道がくねくねと続いている。あれは、いにしえのシルクロードから枝分かれした脇道だ。山々の向こうには、中央アジア、中国、アフガニスタンの砂漠と平原が広がっている。

満月の明かりに照らされる、パスー村と氷河。カラコルム・ハイウェイが蛇行しながら画面を横切る。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 山に集った若い男たちの中には、ブランドもののTシャツを着たり、しゃれた顎ひげを生やしたり、髪をポニーテールにまとめたりしている者もいる。一方で、伝統的な白いパンツと裾の長いシャツも見られる。4人の男が巨大なスピーカーを山上まで運び、ダンス音楽と伝統音楽をミックスさせた曲を大音響で流す。

 私たちがダンスに興じている最中、ある女性グループがこちらを見てクスクスと笑う。かと思えば、男たちには目もくれずバレーボールに夢中になっている一団もいる。アルヴィ氏がそんな女性たちを指さして言う。

「彼女たちは皆、学校に通っていて、少なくとも4つの言語を話します」。私たちの会話は、英語とワヒ語、ウルドゥー語を切り替えながら進む。「ここには、こんなことわざがあります。『もし子どもが2人いて、それが男の子と女の子で、どちらか片方を教育する分しかお金がなければ、女の子に教育の機会を与えなさい』というものです」(参考記事:「マララさんインタビュー『両親が権利をくれた』」

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