なぜブルキニは禁止でビキニは良いのか

欧米でビキニはこうして市民権を得た、写真とともにひもとく水着の進化史

2016.09.05
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米国ハワイ州ホノルルのワイキキビーチで、女性たちがサーフボードの前に立っている。1938年の『ナショナル ジオグラフィック』誌に掲載された写真。日に焼けた脚をあらわにしている姿がとても現代的だ。この数十年前には、女性たちはビーチでもストッキングをはいていたと思われる。(PHOTOGRAPH BY RICHARD HEWITT STEWART, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 ビーチに繰り出したいフランスのイスラム教徒の女性たちには、つらい夏だったことだろう。

 全身を覆うイスラム教徒の女性用の水着ブルキニの着用を禁止する条例に対し、フランスの最高裁にあたる国務院が違憲とする裁定を下したにもかかわらず、複数の自治体が依然として罰金を科している。

 一部で指摘されているように、ブルキニはフード付きのウェットスーツと大差ない。つまり、ブルキニをめぐる見解の相違は、ブルキニそのものというより、背景のイデオロギーと関係がある。だとすると、こんな疑問が湧いてくる。逆に、欧米のビーチで一般的な体の線や肌をあらわにするビキニは、どのように定番の座を獲得したのだろうか? この疑問の答えを探るため、欧米における水着の進化を振り返ってみた。(参考記事:「ナショジオが撮った世界の民族衣装15選」

ドレスとともに歴史を歩んだ水着

水着姿でポーズをとる女性。1870年ごろに撮影。(PHOTOGRAPH BY HULTON ARCHIVE, GETTY)
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 われわれ現代人の目には、写真の女性の服装は短めのキモノとショートパンツといったように見えるかもしれない。しかし、19世紀後半はこれがごく標準的な水着だった。

 米ネバダ大学ラスベガス校の米国史の助教で、ファッションと衣服をテーマに研究を行うディアドラ・クレメンテ氏は「水着の歴史は長い間、ドレスの歴史をほぼそのまま反映していました」と話す。ビクトリア朝時代の女性にとって、水着のデザインではつつましさがすべてだった。(参考記事:「沈没船から17世紀の王家のドレス見つかる」

 ドレスとハーフパンツを組み合わせたこの水着は普通のドレスより丈が短かったため、米国の公共のビーチでは、ストッキングをはいて泳がなければならなかった。また、ウール素材のものが多く、決して泳ぎには適していなかった。(参考記事:「100年前の海の楽しみ方」

 水の中では「とても不快で、非常に重く、なかなか乾きませんでした」とクレメンテ氏は説明する。

ワンピースの登場

家族と余暇を楽しむアレキサンダー・グラハム・ベル。カナダ、ノバスコシア州ケープ・ブレトン島にあるブラス・ダー湖の砂浜で1907年に撮影。(PHOTOGRAPH BY BELL COLLECTION, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 オーストラリアの水泳選手アネット・ケラーマンは、女性の水着が泳ぎづらいのはばかげていると考えた。そして、体にフィットした軽い水着が必要だと主張し、自ら開発した水着も販売した。

 しかし、すべての人に支持されたわけではない。1907年、ケラーマンは米国ボストンのビーチで、体に沿うワンピースの水着を着ているという理由で逮捕された。

「このような水着を着用し、自ら販売した彼女の決断は、水着の進化の基礎となる出来事でした」とクレメンテ氏は言う。「水着の決定的な要素がつつましさから機能性へ、ゆっくりと、しかし確実に変わっていきました」(参考記事:「写真で見る自転車の100年」

 一方、男性の水着は腕と脚こそ出ていたが、胸を露出しないものが多かった。上の写真は1907年に撮影されたもので、電話を発明し、ナショナル ジオグラフィック協会の会長も務めたアレキサンダー・グラハム・ベルと娘のエルシー、妻のメイベルだ。ベルは最新の水着、エルシーはケラーマンと異なり、ゆったりしたスカート付きの水着を着ている。エルシーがストッキングをはいていないように見えるのは、公共のビーチではなかったためだろう。(参考記事:「孫の手を引くグラハム・ベル」

脚を出したジャズ・エイジ

ビーチでポーズをとる家族。1920年前後。(PHOTOGRAPH BY ADOC-PHOTOS, CORBIS/GETTY)
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 狂騒の1920年代、女性のドレスが短くなるとともに、水着も短くなった。公共のビーチにおけるルールもファッションにしたがって変化した。

「1920年代後半から1930年代前半までには、ほとんどのビーチで、脚を隠すことは古くさいと思われるようになりました」とクレメンテ氏。「1930年代前半までには、多くのこうしたルールが廃れていたということです」

 クレメンテ氏によれば、脚を露出してはならないというルールを最初に撤廃したのはマイアミビーチだと言われている。マイアミビーチを開発したカール・フィッシャーの妻ジェーンが、旅行者を呼び込むにはそうした方がいいと思い付いたらしい。

フォトギャラリー:時代を映す衣装19点
フォトギャラリーはこちら(PHOTOGRAPH BY WILLIAM ALBERT ALLARD, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

男性も胸を出し、女性はタイトに

水着姿の女性たち。ルーマニア、ブカレストで1930年ごろに撮影。(PHOTOGRAPH BY WILHELM TOBIEN, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 1930年代、水着はさらに大胆になった。男性はショートパンツをはき、胸を隠すことをやめ、女性の水着はフィット感を増した。

 1920年代の短い水着が女性たちの間で流行した「フラッパードレス」の影響を受けていたように、1930年代の水着も別のトレンドを鏡のように映し出していた。「1930年代には水着から背中を隠す布がなくなりました。イブニングドレスも同様でした」とクレメンテ氏は説明する。

 水着の上半身側は大胆に開き、下側の丈はどんどん短くなり、カットできる部分はあと1カ所を残すのみだった。

究極の水着ビキニ

ビキニではしゃぐ女性たち。米国カリフォルニア州パームスプリングスで1950年代に撮影。(PHOTOGRAPH BY BETTMANN, GETTY)
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 1946年、フランスのデザイナー、ルイ・レアールがビキニを発表した。「決定的な要素だったつつましさがドレスから剥ぎ取られた瞬間でした」。ツーピースの水着はすでに存在していたが、レアールのビキニほど肌は露出していなかった。(参考記事:「時代を表すドレス、英王室ウェディング」

「ビキニは機能性の極みだと思います」とクレメンテ氏は分析する。「布の面積を小さくする以外にできることはほとんどありません」

 当初、多くの人がビキニは不適切だと考えた。この8月27日にニューヨーク・タイムズ紙にアリッサ・J・ルービン氏が書いたように、イタリアをはじめ、カトリックを国教とする国々では、複数のビーチで面積の小さいビキニの着用が禁止された。

 どこかで聞いたことがあるって? そうだろう。ルービン氏もその記事で、イタリアでビキニが禁止された歴史と、フランスのニースの警察が1人の女性にブルキニの一部を脱ぐよう命じた最近の出来事とを対比させている。

「われわれが適切と考える服装を維持するため、女性に服を脱ぐことを強いる時代が来たことに私はとても驚いています」とクレメンテ氏は話す。

 ただし、「社会がいかに女性の体を規制し、取り締まってきたかを研究する歴史家として」は、今回の出来事は仰天するほどのものではないそうだ。(参考記事:「サウジアラビア ベールを脱ぐ女性たち」

毛皮ブーム再来の陰で

文= Becky Little/訳=米井香織

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