解説:約70万年前の超小型原人発見、フローレス島

人類進化の異端児フローレス原人の由来示す「すばらしい証拠」

2016.06.10
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復元されたフローレス原人の顔。小柄なために「ホビット」とも呼ばれる。(PHOTOGRAPH BY B CHRISTOPHER, ALAMY)
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 この10年間、人類進化の歴史をめぐって、子どものように小柄な化石人類が注目を集めてきた。インドネシアのフローレス島で発見された謎めいたフローレス原人(Homo floresiensis)は、そもそも独立した種なのかどうかという疑問を含め、その起源について白熱した論争を引き起こしている。(参考記事:「フローレス原人を絶滅させたのは現生人類だった?」

 けれども今回新たに発見された歯や骨の化石から、ついに「ホビット」の謎が解き明かされる可能性が出てきた。

 フローレス原人の化石が出土したリャン・ブア洞窟以外で、フローレス島で化石人骨が発見されたのはこれが初めてだ。年代測定の結果、化石は約70万年前のものであり、リャン・ブア洞窟のものよりはるかに古く、その小ささなどフローレス原人のものと興味深い類似点があることから、フローレス原人の祖先の化石である可能性は非常に高い。

 オーストラリア、ウーロンゴン大学の考古学者で、今回の研究に参加しているゲリット・ファン・デン・ベルフ氏は、「ホビットの発見以来、その祖先をめぐっては2つの主要な仮説がありました」と説明する。

 1つの仮説は、フローレス原人はホモ・エレクトス(Homo erectus、約14万3000年前まで東アジアとアフリカの一部に生息していた化石人類)が小型化したものという説。もう1つの仮説は、ホモ・エレクトスよりもさらに古いホモ・ハビリス(Homo habilis)や、アウストラロピテクス(Australopithecus)属などの小柄な初期人類から進化してきたという説だ。(参考記事:「ホビットは100万年前からいた?」

「今回の発見は、フローレス原人がジャワ島のホモ・エレクトス(ジャワ原人)が小型化したものであることを示しています。おそらく、ジャワ原人の小さな集団がフローレス島で孤立し、そこで小さく進化したのでしょう」とファン・デン・ベルフ氏。

 なお、フローレス原人はホモ・サピエンス(Homo sapiens)で、ダウン症や小頭症(ジカ熱感染などで起こる先天性の発育障害)により頭が小さく低身長であったにすぎないという説もあったが、今回発見された化石の年代からその可能性は完全に否定された。

「小さな大人」の証拠

 リャン・ブア洞窟で発掘調査を行っていた考古学チームが最初のフローレス原人の化石を発見したのは2003年のことだった。その身長は約1.1m、体重は約35kgしかなかったが、成人であることは明らかだった。(参考記事:特集「インドネシアの小さな原人」

 その後の発掘により、フローレス原人が石器を作っていたことや、すぐ近くのスラウェシ島に同じように器用な隣人がいた可能性が明らかになった。しかし、この島にはリャン・ブア洞窟以外の遺跡がなかったため、フローレス原人の進化の歴史は謎に包まれていた。(参考記事:「スラウェシ島で謎の石器を発見、現生人類の到達前」

 今回の発掘現場はマタ・メンゲという場所で、フローレス島中央部のソア盆地に位置し、リャン・ブア洞窟からは南東に約74km離れている。

マタ・メンゲの発掘現場の俯瞰写真。(PHOTOGRAPH BY KINEZ RIZA)
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 2010年の発掘開始から、研究チームは数千点の石器のほか、小型のゾウ、巨大なネズミ、コモドドラゴン、ワニなどの化石を発見してきた。2014年に発掘範囲を拡大したところ、ついに化石人類の顎骨の破片、6本の歯、頭蓋骨の小さな破片が見つかった。

「顎骨は非常に小さく、フローレス原人の骨よりさらに小さかったので、最初は子どもの下顎骨だと思っていました」とファン・デン・ベルフ氏。「けれどもCTスキャンを行ったところ、歯根が入る穴(歯槽)が完全にでき上がっていて、子どもではなく成人の骨であることが明らかになり、非常に驚きました」(参考記事:「3Dプリンタでフローレス原人の脳サイズを測定」

予想よりはるかに古かった

 マタ・メンゲで発見された6本の歯のうち4本は顎骨の破片と同じ成人のものだったが、詳しい分析の結果、残りの2本は乳歯で、別々の乳児のものであることが明らかになった。研究チームは統計的手法を用いて、この顎骨と歯を、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトス、フローレス原人のものと比較した。

 科学誌『ネイチャー』6月9日号に発表された分析結果によると、マタ・メンゲの化石はホモ・エレクトスのものに最もよく似ているが、サイズは格段に小さく、フローレス原人と共通の構造的特徴が多いという。

 日本の国立科学博物館の人類学者で、論文の筆頭著者である海部陽介氏は、「マタ・メンゲの化石は、リャン・ブア洞窟で発見されたフローレス原人の化石と非常によく似ていますが、もう少し原始的です」と言う。

 別の研究チームは、マタ・メンゲの化石の周囲の堆積層からサンプルを採取し、アルゴン-アルゴン法(放射性アルゴンの崩壊を測定して高い精度で年代を推定する方法)を用いて化石の年代を決定した。さらに、歯の破片についても、ウランの崩壊を利用する複数の年代測定法を組み合わせて年代測定を行った。

マタ・メンゲで発掘された顎骨。これらの化石が「ホビット」の謎を解く手掛かりとなった。(PHOTOGRAPH BY KINEZ RIZA)
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同じく発掘された歯。歯はぜんぶで6本出土した。(PHOTOGRAPH BY KINEZ RIZA)
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 彼らの研究成果も『ネイチャー』6月9日号に発表され、マタ・メンゲの化石が約70万年前のもので、フローレス島で発見された最古の化石人類のものであることを明らかにした。

 海部氏は、「予想はしていましたが、最初にこの化石を見たときには強い衝撃を受けました。70万年も前、アジア大陸に大柄なホモ・エレクトスがいた時代に、フローレス島にはこんなに小さな人々がいたというのですから」と言う。

人類はいかに環境の変化に適応してきたのか

 考古学者は、マタ・メンゲの古い化石人類がフローレス原人と同じ種であるかどうかは分からないとしているが、分析の結果は、マタ・メンゲの住人がフローレス原人の祖先である可能性が高いことを示している。この推定は、マタ・メンゲで発見された石器がリャン・ブア洞窟で発見されたものと酷似していることからも裏付けられる。

 論文の著者らによると、フローレス島では100万年も前の石器も発見されているという。100万年前と言えば、すぐ近くのジャワ島にジャワ原人が暮らしていた時代である。

 こうした証拠を考え合わせると、ジャワ原人がフローレス島に移り住み、マタ・メンゲやリャン・ブア洞窟で発見された「ホビット」のサイズまで小型化したという推理が成り立つ。

 米国立自然史博物館人類起源プログラムディレクターのリック・ポッツ氏は、この研究を、「マタ・メンゲの化石がフローレス原人に近い特徴を持つ理由を説明し、東南アジア由来のホモ・エレクトスが祖先に違いないことを示す、すばらしい証拠を提出したと思います」と評価する。

 一部の懐疑論者は、30万年という時間はホモ・エレクトスがホビットサイズに小型化するには短すぎると反論するかもしれない。

 たしかに、化石人類の体格のこれほど急激な変化は、ほかに例がない。けれどもポッツ氏によると、ほかの哺乳類については、島で孤立した動物集団が資源の不足や捕食者の不在により急激に小型化する場合があることが知られていて、この現象は「島嶼(とうしょ)化」と呼ばれているという。例えば、フランスの約20km沖にある英領ジャージー島のアカシカは、わずか6000年で元のサイズの6分の1に小型化した。(参考記事:「人類進化の「常識」を覆した“小さな巨人”、フローレス原人」

 マタ・メンゲの発掘が進み、より多くの化石人骨が発見されれば、こうした化石人類の解明が進み、人類進化の系統樹の奇妙なこの枝の年表を描ける可能性がある。

「フローレス島は、人類進化の実験室なのだと思います。この島は、人類の体が環境ストレスに応答してどのように進化したかを教えてくれる場所になるのです」とポッツ氏。「研究には長い時間がかかるかもしれませんが、非常に大きなチャンスだと思います」

文=Adam Hoffman/訳=三枝小夜子

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