地球の半分を自然保護区にすべきだと、生物学者のE・O・ウィルソン氏は訴える。写真はすでに保護区となっている米国のヨセミテ国立公園。(PHOTOGRAPH BY MELISSA FARLOW, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 近ごろでは、地球の未来について楽観的な展望を持つのは難しくなった。私たちは、「6度目の大絶滅」と呼ばれる現象の最中を生きており、今世紀末までには、生物の6種に1種が絶滅すると予想されている。(参考記事:「6度目の大絶滅。人類は生き延びられるか?」

 しかし、ピュリツァー賞作家で生物学者のE・O・ウィルソン氏は、地球の生物を救う手立てはまだあると主張する。最新の著書『Half Earth: Our Planet’s Fight For Life』(地球の半分――生き残りをかけた地球の闘い)の中で、彼は自然を守るために地球の半分を保護区にしようという大胆な提案を行っている。

 米国マサチューセッツ州の自宅からインタビューに応じたウィルソン氏に、詳しい話を聞いた。

――現在、地球はどの程度深刻な状況にあるのでしょうか。

 地質学的な歴史の中で、これまでに5回の大量絶滅があったとされています。人間の活動が原因で引き起こされている現在の状況を「6度目の大絶滅」と呼ぶことに、異論はありません。このまま手をこまねいていれば、地球の生物多様性は、中生代末の6500万年前に起きた前回の大量絶滅の頃とほぼ同じ程度にまで落ち込むと思われます。

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――いわゆる「新たな自然保護」(※開発と自然への配慮を両立しながら、企業と協力し、人間が暮らすことを前提とした自然環境を守ろうという考え方)を支持する人々は、地球を救う努力はやめるべきだと言っています。これについてはどう思われますか?

 それは非理性的で危険な敗北主義というものです。彼らの主張はこうです。絶滅は止められないし、人類は本質的におろかな怪物であり、ゾウや他の大型哺乳類など、我々が最も大切にしている種の保護に集中すべきだと。彼らは生物多様性がどれだけ広大な広がりを持っているかを理解していません。地球には何百万という種が存在し、その多くはまだ発見されてもいないのです。彼らの結論は、無知と絶望から導かれたものです。

 無力感にとらわれる必要はありません。種が絶滅していく現状を放置していたら、今世紀末までには、生物多様性は大きく失われるでしょう。一方で、もし我々が正しい方策をとれば種の大半は救えると、私は信じています。(参考記事:「モザンビーク 聖なる山の再生」

――昨年、世界の平均気温は過去最高を更新しました。これは生物圏の破壊とどのように関連してくるでしょう。

 気候変動は生物の生息域をまるごと破壊します。地球上には、生息域がいったん破壊されると動植物が行き場を失ってしまう地域があります。アフリカ南部がその一例です。また、北極圏周辺も非常に危険な状態にあります。よく知られている生物はホッキョクグマくらいですが、一帯には昆虫をはじめとする多くの無脊椎動物が生息し、そうした生物が生態系の基礎を作っているのです。(参考記事:極北の生命 氷という名の「恵み」

外洋に浮かぶ氷山に取り残されたホッキョクグマの母子。ホッキョクグマは、気候変動により生息域が縮小している数多くの生物の一つ。(PHOTOGRAPH BY PAUL NICKLEN, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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――あなたは「地球の半分を自然保護区にしよう」という提案をされています。これは夢物語ではないでしょうか。

 初めて聞くと、そう思えるかもしれません。しかし私は多くのデータを検証し、生物多様性と絶滅のプロセスに最も通じたベテランの生態学者たちとの議論の末に、この計画の実現はそれほど難しくないだろうとの結論に達しました。1960年代、私は生態学者のロバート・マッカーサーと共に、「島の生物地理学理論」を提唱しました。その論旨の一つは、生息域の大きさと、そこで持続的に生存できる動植物の数には密接な関係がある、というものです。ごく単純に言えば、もし地表の半分を自然保護区にすれば、全生物種の80〜90パーセント近くを救えるのです。(参考記事:「秘境フォジャ山脈」

 まずは海について見てみましょう。現在、海全体の3パーセントが自然保護区となっています。たいていは沿岸国の海岸沿いに設定されますが、海の保護区の割合を50パーセントまで引き上げるのです。無茶な話に思えるかもしれません。しかし最近発表された2本の論文によると、沿岸国の排他的経済水域以外の海をすべて保護区にし、外洋全域を禁漁にすれば、漁場は世界全体で縮小どころか、拡大していくだろうというのです。沿岸部の漁場は豊かになり、魚の成長も速くなります。(参考記事:「ガラパゴスに全面禁漁区、フカヒレ密漁の増加受け」

マジェランアイナメを掲げる漁師。ウィルソン氏は、外洋での漁を禁止すれば、沿岸部の漁場は豊かになると主張する。(PHOTOGRAPH BY PAUL SUTHERLAND, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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――著書を拝読し、地球上の生物に関する謎がいかに多いかを知って驚きました。すべての生物を分類することの重要性について教えてください。

 生物多様性に関する知識が乏しいことは、生物学界にとって最大の汚点の一つです。リンネ(※スウェーデンの生物学者、分類学の父)を祖とする生物多様性の研究者たちは、これまでに200万種強という数の生物を分類してきました。しかし植物、動物、微生物は、世界に1000万種近くいると言われています。つまり地球上の生物の約80パーセントは、いまだに発見されていないのです。我々が暮らしている地球は、ほぼ未知の惑星といえます。だからこそ、すぐにでも地球の生物多様性に関する大規模な調査を再開する必要があるのです。(参考記事:「ぼくらはみんな生きている 動物ポートレート集」

――地球上の生物を守るために、人口の抑制が重要なのはなぜでしょうか。

 おそらくは多くの人たちが、世界にはすでに人が多すぎるし、人間が多くの土地を使うほど、他の生物が生きる場所は狭くなることを、直感的に理解しているのではないでしょうか。

 人口問題に関してやや希望が持てるのは、先進諸国で中流層の割合がかなり大きいことです。女性がある程度経済的な自由を手にしている国では、出生率が急激に低下します。国連の予測では、人口は今世紀末に現在の1.5倍ほどの100〜110億人となるものの、その後徐々に減少していくとのことです。(参考記事:「70億人の地球」

――哲学者のフランシス・ベーコンは、人類は「万物の霊長」であると考えました。あなたは逆に、人間は「他者に依存する弱い」存在だとおっしゃっていますね。

 科学技術の知識を得た人類は、想像を絶する高みにたどり着きました。しかしその知識の大半は、我々の直接的な幸福にかかわるものに限られています。人類は冒険心に富み、今や天体物理学に関しても多くの知識を持つに至りましたが、生物の世界を見回してみれば、まだわからないことだらけです。資源はどうするのか、この先どうやって他の生物と共存していくのか。我々は脆弱な存在です。このまま地球を利用し続けるなら、この先にあるのは破滅かもしれません。(参考記事:地球を変える「人類の時代」

――テクノロジーと自然保護は、相反するもののように思えます。デジタル革命は地球環境の保護にどのように役立つのでしょうか。

 デジタル時代において、経済は原料とエネルギーを減らしながら効率を上げる方向へ、ほぼ自動的に向かいます。この流れは、代替エネルギー源への移行と相まって、いわゆる「エコロジカル・フットプリント」、つまり一人の人間の暮らしに必要な面積の平均値を縮小させる方向へ働きます。だから、科学技術が発達した文明では、地球の半分を自然保護区にするという計画が結果的に実現に近づくだろうと、私は考えています。(参考記事:「ドイツが挑むエネルギー革命」

人口の増加と汚染も、生物の絶滅の主な原因だ。それでも、多くの人がひしめき、交通渋滞の絶えないバンコクでさえ、大気汚染の緩和に成功している。(PHOTOGRAPH BY JODI COBB, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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――地球の半分を保護区にするという提案について、具体的に教えてください。

 現在、陸地の15パーセント、海の3パーセントが保護区になっています。米国の国立公園制度の中ではこれまでに、「地球の半分」計画を段階的に実現していくために役立ちそうな手法が数多く考案されてきました。その一つが「国定自然ランドマーク」です、自然や歴史の観点から国にとって特別な価値がある場所が指定されます。所有者や、土地利用に関する規則は変更されませんが、国定自然ランドマーク内に土地を所有している人々は、それを誇りに思い、土地の利用に際して良識ある判断を下す傾向にあります。この他、国連が指定するランドマークもあります。計画はこうして徐々に進めていけばいいのです。(参考記事:「ビリーチヌーク湖、米自然ランドマーク」

――著書はこんな風に締めくくられています。「道徳的思考の大々的な転換だけが……今世紀最大の困難に対処できる」。あなたは計画の実現について楽観視していますか?

 私はかなり楽観的です。人間はなぜもっと早いうちに行動しなかったのか。その大きな理由の一つは、我々が野生生物と呼んで大事にしてきたものについて、そうした道徳的価値の転換が行われてこなかったことです。我々は大型哺乳類だけでなく、生物全体を見るべきなのです。人々がその意味に気づき、それが自然の生態系のみならず、究極的には自分たちにとっても重要だと理解したなら、生物全体の保護に向けた転換が起こるだろうと私は考えています。(参考記事:フォトギャラリー「ポートレートは生命の記録」

文=Simon Worrall/訳=北村京子