19世紀の終わり頃、若者はエスコートカードを手渡してデートの申し込みをしていた。このカードには「ご自宅までお送りしてもよろしいでしょうか」と書かれている。(Photograph Courtesy Alan Mays)
[画像をタップでギャラリー表示]

 19世紀米国の上流階級が集まるダンスホールで、素敵な女性を見つけた男性が取る行動は3通りあった。1)誰か地位のある立派な人物に仲介を頼む、2)直接話しかけて彼女の付添人(お目付け役)の怒りを買う、3)あるいはイラストやジョークが印刷された小さなカードをこっそりと手渡して、家まで送り届ける許可をもらうか。(参考記事:「アスパラガスは19世紀のバイアグラだった」

 この小さなカードは、「エスコートカード」、「出会いカード」または「おしゃべりカード」などと呼ばれ、社交界のお堅いしきたりをすり抜けた出会いのきっかけとして、19世紀の独身男女によく利用されていた。カードには、「ご自宅までお送りしてもよろしいでしょうか」「差し支えなければお守り役となりましょう」「未婚、楽しい時を求めています」などというメッセージが書かれていた。

このカードは、「ご自宅までお送りしてもよろしいでしょうか」というエスコートカードへの返事と思われる。「ご親切にどうもありがとうございます。自宅まで送ってくださって構いませんわ」と書かれている。(Photograph Courtesy Alan Mays)
[画像をタップでギャラリー表示]

 ビクトリア朝時代(1837~1901年)の印刷物に詳しい収集家のバーバラ・ラッシュ氏によると、エスコートカードが流行した19世紀の終わり頃、女性の外出には常に付添人が同行し、その素行に目を光らせていたという。その厳しい監視の目をかいくぐるようにして、男性はエスコートカードをお目当ての女性にそっと手渡し、女性はそれを「手袋の中や扇子の内側」に隠していた。(参考記事:「バレンタインデー:ルーツと愛の科学」

 これらのカードがどれだけまじめに受け取られていたか、果たして効果はいかほどのものであったかは定かでないが、収集家のアラン・メイズ氏は、ほとんどが会話のきっかけ作りや他愛のないおしゃべりに用いられていたのだろうと話す。

多くのカードには、申し込みを断る場合カードを送り主に返してほしいとの一文が添えられていた。(Photograph Courtesy Alan Mays)
[画像をタップでギャラリー表示]

 カードはユーモアを交えて交換されることが多かったが、誰にでも受けていたわけではない。ラッシュ氏によると「娘を持つ親は、このような秘密のコミュニケーションを大変恐れていました」という。下心を持った悪い男が、何も知らない娘にカードを渡してたぶらかそうとするのではないかと気が気ではなかったという。たしかに、控えめで礼儀をわきまえたカードも多かったが、かなり品位に欠けるカードも存在していた。

 ほとんどのエスコートカードは男性から女性へ送られたもので、「Dear Miss」「Fair Lady」という女性へのあいさつで始まっていたり、男性が女性を家へ送り届ける絵が描かれていたりしたが、なかには誰が誰に送ったのかはっきりしないカードもある。

デートの申し込みとともに、冗談を交えて配偶者による暴力に反対するイラストも描かれている。(Photograph Courtesy Alan Mays)
[画像をタップでギャラリー表示]

 メイズ氏は、「ご自宅までお送りしてもよろしいでしょうか」というカードに対応するように「今晩家まで送っていただきたいわ」と書かれたカードも発見、男女の両方が袖の中にカードをしのばせていたことがうかがえる。メイズ氏は、送り主の欄に女性の名前が書きこまれたカードも2枚手に入れた。うち1枚は、女性から女性へあてたものと思われる内容だった。(参考記事:「やる気のないオスを“口説く”メスグモが見つかる」

 これらのカードは秘密の連絡手段として使われていたことから、同性愛が不道徳と考えられていた時代に、一部の女性たち(あるいは男性たち)がこれを使い、隠れて出会いを果たしていただろうことは想像に難くない。

 エスコートカードは、付添人やその他の社会規範が廃れるとともに姿を消していった。20世紀になると、女性は付添人なしに他の若者たちと自転車に乗ってでかけるようになった。女性が自転車に乗るというのは、「付添人を置き去りにして姿をくらますということで、当時としては大変スキャンダラスなことと考えられていました」と、ラッシュ氏は説明する。

エスコートカードが全て紳士的な内容だったわけではない。中には、現代の私たちには何を意味しているのか理解に苦しむものもある。(Photograph Courtesy Alan Mays)
[画像をタップでギャラリー表示]

 その後も、20世紀半ばまでエスコートカードは販売されていたが、その頃には単なる奇異なものと見られていたようである。携帯電話で人目につくことなくメッセージをやり取りできるようになった現在、エスコートカードは一風変わった過去の遺物として取引されている。(参考記事:「フォトギャラリー:時代を映す衣装19点」

次ページ:エスコートカードをもっと見る。「ぼくは百万長者の息子」カードや「銃でも番犬でもぼくは立ち向かう!」カードも