この地域の森は、密集しており、泥に満ちている。この写真のように伐採用のトラックが作った道をのぞき、道路はない。しかし、地域の首都と大きな金鉱都市を結ぶ新しい道路がここを通ると、状況は変わるだろう。(PHOTOGRAPH BY JEFF CREMER)
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 政府職員が毎日、折れた枝など、森からの訪問者の痕跡を探してパトロールしている。家族間にはトランシーバーが配られ、最新情報や警告の共有に用いられている。マシコ・ピロ族が戻ってきたら、コミュニティごとコンクリート製の幼稚園に避難する計画だ。

 リヴェラ氏ら住民は、毎朝政府職員からの知らせに耳を傾ける。リヴェラ氏は、下流にある管理棟近くの河岸にマシコ・ピロ族が発見されたら安心すると言う。「あそこからここまで、1日では歩けませんから」

 政府職員は、シペチアリ村には戻らないよう、マシコ・ピロ族に繰り返し警告している。しかし、彼らが戻らない保証はない。今はまだ、不安定な停戦ともいえる状態だ。「彼らが戻ってこない限り、こちらから探しにいくことはありません。でも、彼らが戻ってきたら、私たちは自分の身を守るでしょう。その後、彼らを探しに行くでしょう」とイタリアーノ氏は言う。

川の上の会合

 政府の管理棟は、シペチアリ村とディアマンテに挟まれた丘の上、アルト・マドレ・デ・ディオス川を一望する場所に建てられている。そこには2年間誰もいなかったが、今は保護官が常駐している。

 管理棟内には、壁をよじ登って河岸にやってきたマシコ・ピロ族の写真と、手書きの地図が貼られている。また、マシコ・ピロ族の矢から取った、巨大なげっ歯類の歯で砥がれた40センチの竹製矢じりと、シャコ・フローレス氏の写真も置かれている。屋外に置かれたイスにはソーラー電池が取り付けられ、通信機器に電気を供給している。

アルト・マドレ・デ・ディオス川の管理棟で、アマゾン川沿いの他の管理棟との通信を行うレイナルド・ローレアノ氏。イネ語を解し、マシコ・ピロ族と話せるローレアノ氏は、政府の保護官と一緒にパトロールを行う。(PHOTOGRAPH BY JEFF CREMER)
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 ペレス氏が殺されるまでは、竹やヤシに囲まれた河岸近くに、二十数人のマシコ・ピロ族が出没していた。彼らはしばらく姿を消していたが、少しずつ戻ってくるようになった。

 5月以降、5人のマシコ・ピロ族が、保護官と定期的に会っている。彼らは名前が知られている。プトガナ(クモの意)氏は、最近アリクイに襲われた老女だ。カモトロ(カリバチ)氏は、20代後半の男。ヨマコ(キヌバネドリ)は、妊娠中の10代前半の少女。クナイ(タンガラナの木)は10代中盤の少年。コカ(キツツキ)は、9歳か10歳の少年で、グループの矢を持ち運んでいる。

 数カ月の間、5人は他のマシコ・ピロ族の居場所を「遠いところ」としか言わなかったため、彼らは伝染病か静かな報復に苦しめられていると推測されていた。しかし8月には6人目のマシコ・ピロ族が加わり、今では12人を超えている。彼らは、恐怖のためにゆっくりと姿を現していると述べている。

 ポンシアーノ氏ほか保護官は、レイナルド・ローレアノ氏およびルイ・バルガス氏とともに、連日のように川を行き来し、マシコ・ピロ族が出現する河岸にボートが接岸しないように注意している。ローレアノ氏によると、彼らは3日に1回のペースで現れ、バナナを要求してくるという。

 接触時のルールはいたってシンプルだ。ほしがる物を与えること。長く話しすぎないこと。シペチアリ村から距離を置くように警告すること。罠を避けるために、会う場所を変えること。ペレス氏の死など、繊細な話題に触れないこと。「大事なのは、交流とスケジュールにおける規律です。これらのシチュエーションでは、言葉に気を付けなければなりません」とポンシアーノ氏は言う。