戦争から参政権まで「訴える地図」9選

収集家による700枚以上のコレクションの半数が新たに公開

2015.10.27
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1939年に英国で作られた、ドイツの侵略計画に警戒を促すポスター。「1937年にナチスが作成した地図」と称する資料を元にしている。この地図によれば、英国は1948年までにドイツの支配下に入るとされる。ポーランド侵攻の直後だった当時はヒステリックに映ったかもしれないが、間もなく強い現実味を帯びることになる。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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 私たちが地図を使わない日はない。道順を調べるのにも、天気のチェックにも、世界情勢を知るのにも地図は必須だ。視覚的な情報伝達手段の中でも地図の信頼性がトップクラスなのは、そこに描かれているのが現実の世界だからだろう。

 「地図は本質的に信頼できるものです。私たちは子供のころから地図を頼りにするよう教えこまれています」と話すのは、収集家であり、在野で地図の歴史を研究するポール・"P.J."・モード氏だ。「ですが、時にその信頼性は、自らの見解を地図によって広めようとする者に利用されることがあるのです」

「インドネシアに自由を!」:第2次世界大戦中に、オランダがかつて植民地にしていたインドネシアの解放を求めたポスター。多くの説得的地図には戦争プロパガンダが織り込まれている。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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 地図作成法において、こうした恣意的なものは「プロパガンダ地図」と呼ばれることが多いが、モード氏は、非難するニュアンスを抑えた「説得的地図(persuasive cartography)」という呼び方を支持している。モード氏は、「説得力を持たせているからといって、不正確であるというわけではありません」と話す。「私はどちらも収集します。『説得的地図』には、一方では非常に正確で、とても力強い手法で事実を整理しているがゆえに説得力を持つ地図があり、他方では、全く正確ではないのに、強いイメージで訴えかけてくる地図があります。加えて、驚くほど詐欺的な地図もあるのです」

 2014年、モード氏は収集した700枚以上の地図を米コーネル大学図書館に寄贈。今年9月、同大学の希少・手稿本収集部が、これらの地図画像のオンラインアーカイブを開設した。現在、遠い昔のものから2008年のものまで、約300枚がデジタル化され、公開されている。

悪徳の街

 口コミで広まるよう作り込まれる地図は今の世にもあるが、それと同様に、モード氏が集めた古い地図の多くも、見る者に衝撃を与え、議論を起こすことを目的としている。例えば、禁酒政策にとことん懐疑的な人でも、市内の酒場を示した1888年のニューヨークの地図や、禁酒推進派が作成した1894年のシカゴの地図を見ればショックを受けるだろう。この地図では、シカゴで酒場や売春宿、質店がわずか数ブロックに集中していたことが一目瞭然だ。(参考記事:「石原良純:地図は生きものである」

社会活動家のW・T・スニードが1894年に作成したシカゴ第1区(現在「ループ」と呼ばれる中心街より1区画外側)の地図。この界隈には売春宿や酒場、質店がひしめいていた。モード氏は、「必要以上に濃い赤、黒、灰色を使い、『シカゴは邪悪と不道徳の街』という活動家の強烈な非難を表している」と記している。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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「偉大なる」ドイツ?

 地図が本質的に場所の関係を描くために作られているなら、モード氏が収集した地図の多くで、国同士の近さや、さらに侵略の可能性が強調されているように思えるのは不思議なことではない。ベルサイユ条約でドイツが領土割譲を強いられた後である1920年代に作られた地図は国家主義的で、「周辺国併合の可能性を描き出すことで、その後にドイツが歩む道を先取りして示していました」とモード氏は語る。「『ドイツ文化の性質』がある範囲を示すことで、ドイツが失った領土だけでなく、大戦前のドイツに含まれていなかった地域まで領有を主張しているのです」(参考記事:「第一次世界大戦 知られざる遺産」

ベルサイユ条約でドイツが領土割譲を強いられた後である1920年代に作られた地図。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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ニューヨークに放射能汚染?

教会を中心とした反核団体が作成した地図。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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 実際、侵略への恐怖は往々にして図表作りの動機になるようだ。核兵器を載せた軍艦がニューヨーク港に入港するのを阻止しようとして作った1980年代の地図もその一つ。教会を中心とした反核団体が作ったこの地図は、赤いインクがニューヨーク市の上に飛び散り、「弾頭や原子炉の事故が起これば、約45キロにわたってプルトニウムの雲がマンハッタンを飲み込む」という警告文が添えられている。「地図を使った訴えかけの一例です」とモード氏は語る。「科学的な説明は一切なしに、一般市民に主張しているのです」

 当然ながら、印象的な地図の多くは戦争に際して制作されたものだ。日露戦争中に日本で描かれた地図では、ロシアがヨーロッパとアジアに手を伸ばす巨大なタコにされている。迫り来るタコはよく使われるメタファーらしく、第2次世界大戦中には逆に日本がタコになった地図も描かれた。オランダが、かつて植民地だったインドネシアの解放を主張したものだ。1939年に英国が作った鮮烈なポスター「Nazi War Aims—Grab! Grab!! Grab!!!(ナチの戦争目的―拡張に次ぐ拡張!)」は、次第に現実のものとなっていった。(参考記事:「第一次世界大戦とナショジオの地図」

「目覚め」

 一方、コレクションには社会活動やユーモア精神を表した地図もある。全米で女性参政権運動が起こっていた1915年、米国で発行されていた風刺雑誌『Puck』は「目覚め」と題した地図を掲載。自由の女神が、既に女性参政権を認めていた西部の州・準州をまたいで東へ向かっており、その先には、権利を渇望する東部の女性たちが群れをなしている様子が描かれている。

新たに合衆国の一部となった西部の州は、選挙での影響力を強めたいなどの理由から、東部の州よりもかなり早く女性参政権を認めた。この地図が風刺雑誌『Puck』に1915年に掲載された2年後、ニューヨーク州は参政権の拡大を決めた。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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国力の投影

 しかしモード氏によると、歴史上、説得力のある地図作りに長けていたのは全盛期の大英帝国だという。1890年に大英帝国が作った地図はかなり横長で、モード氏は「360度のはずの地球の経度が490度もある」と指摘する。インド、オーストラリア、ニュージーランドが2つずつ描かれているのだ。「さまざまな点で、英国人が地図を利用して大英帝国の大きさや広がり、影響力を強調していたということを示す、非常に重要な一例です」

1890年に作られたこの地図では、地球の経度が490度もある。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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「ポルトガルは小国にあらず」

 これに似ているのが、1934年の「Portugal Is Not a Small Country(ポルトガルは小国にあらず)」と題した地図だ。モザンビーク、アンゴラなど、ポルトガルの植民地がヨーロッパの地図上に重ねられている。

(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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州昇格を求めて

 米シラキュース大学の地理学者、マーク・モンモニア氏の良書『地図は嘘つきである』(原題:How to Lie with Maps)の指摘にある通り、投影法で描かれた地図はだましの手段にもなり得る。モード氏は、『タイム』誌に載った1958年の地図を例に挙げた。アラスカの州昇格推進派に歓迎されたこの一枚は、ソビエト連邦との関係において、アラスカの戦略的位置を強烈に印象付ける。この鳥瞰図では、まるでアラスカの民家の窓からソ連が見えるようだ。

アラスカの州昇格推進派に歓迎された1958年の地図。この時、米国上院はアラスカ準州を州にするかどうか、まだ決定していなかった。(P.J. Mode Collection of Persuasive Cartography at Cornell University)
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 これらの地図は正確と言えるのか?モード氏は「不正確なものもある」としつつも「真実性ではなく、影響力の強さで選んだ」と話す。

 コーネル大学の地図コレクションが語りかけるのは、「真実には美があるが、巧みに歪められた視点も、極めて魅惑的になり得る」ということだ。そして、いかに綿密な調査を重ねた地図でも、編集過程での判断や意図から完全に逃れることはできない。モード氏は言う。「第2次世界大戦で、ある大佐がこんな名言を残しました。『プロパガンダは見る者の行為だ。我々が行っているのは情報伝達である』」(参考記事:「南極から月面まで、ナショジオ100年の地図」

文=Geoff McGhee/訳=高野夏美

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