ツタンカーメンの隠し部屋、日本の技術者が活躍

日本人技術者によるレーダースキャン調査はこうして行われた

2015.12.03
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壁画の向こうをのぞき見る

 作業を中断し、装置をしばらくいじった後で、渡辺氏は結局ひもは必要ないと決めたようだ。部屋が静かになり、彼は再び台車を壁に沿って押し始めた。全長の半分を少し超えたあたりで、渡辺氏が沈黙を破った。「ここで素材が変わっています」

 そこはまさしく、ファクトゥム・アルテのスキャンデータで出入り口があるように見えた場所だった。渡辺氏はエジプト学者でもなく、リーブス氏の論文を読み込んでいたわけでもない。それでも彼がレーダーで発見した事実は、スキャンで見つかった証拠とピタリと一致していた。

玄室の南壁のテストスキャンを終える渡辺氏。扉の形をした何かが隠されている西壁は、この右手にある。(PHOTOGRAPH BY BRANDO QUILICI, NATIONAL GEOGRAPHIC CHANNELS)
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 渡辺氏は西側の壁をもう一度スキャンしてから、北壁へと移った。「ここはただの硬い壁ですね」。作業に取りかかったとき、彼はそう言った。しかし、出入り口を塞ぐ隔壁があるとリーブス氏が推測した場所に差しかかると、渡辺氏はこう告げた。「ここから先は変化しています」

 作業を終えると、渡辺氏はコンピューター画面に表示された色とりどりの線を精査した。「これは明らかに、どこかへつながる入り口です」。通訳を通じて彼はそう言った。「ここに何かがあるのは、まず間違いありません。かなり深さがあります」

 彼は壁を再度スキャンして、こうした解釈が間違っていないことを確かめた。リーブス氏がもう一度スキャンをするかと尋ねると、渡辺氏は言った。「必要ありません。いいデータが取れました」

 北壁のそばに立ったリーブス氏とダマティ氏はほっとした表情を見せたが、両者とも、とりあえずは渡辺氏のデータ分析を待ちたいと口にした。「なんだか事の成り行きから切り離されているような、妙な気分です。私はあまりに長い間この件に関わってきましたから」とリーブス氏は言った。「私の認識が正しければ、今のところ、これ以上は望めないほどの成果が出ています。にわかには信じられません」

 渡辺氏が作業を終えると、リーブス氏は墓から外に出た。そして王家の谷に浮かぶ満月の下に立ったまま、あまりの疲労から嘔吐した。

増える隠し部屋の証拠

 翌日、ダマティ氏とリーブス氏は、データの初期分析の結果は非常に有望であると改めて述べた。データは、壁には少なくとも2種類の素材が使われていることを示していた。一つは岩盤で、もう一つは何か別のものだ。

「(北壁の)硬い岩盤は、さほど硬くない人工的な素材に突然切り替わっています」とリーブス氏は言う。「徐々に変化しているわけではありません。そこにはくっきりとした、まっすぐで垂直な線が通っており、これは天井の線と完璧につながります。この線は、今の前室(控えの間)が本来、この玄室の中まで、廊下のように続いていたことを示唆しているように思えます」

 リーブス氏はさらにこう続けた。「レーダー班の人たちからは、この隔壁の向こう側にはおそらく空間があると考えていいだろうと聞いています」。ダマティ氏によると、これから渡辺氏が1カ月かけてデータを分析した後、詳細な最終結果を知らせてくることになっているという。

 私はルクソールにあるシカゴ大学の碑文研究センター「シカゴ・ハウス」のレイ・ジョンソン所長にも話を聞いた。そのとき彼は、この分野の関係者は皆、リーブス氏の仕事に大いに注目しているとは言ったものの、あそこにネフェルティティが埋葬されているという推論については判断を保留した。「これが誰か特定の人物の墓であるという論理は、やや強引ではないでしょうか」と彼は言う。「ツタンカーメン以外、彼の王家の人間は誰一人見つかっていないのです。そこに埋められているのが誰であってもおかしくありません」(参考記事:「ツタンカーメンの両親は誰?」

 ダマティ氏は、もしこの先さらに証拠が集まれば、将来的には、「宝庫」と呼ばれる玄室の脇にある部屋の壁にドリルで小さな穴を開けることも考えているという。宝庫は北壁の向こうにあるとみられる空間と隣接しているうえ、壁画が描かれていないため、壁画を壊す心配がないからだ。「壁に穴を開け、そこから小型カメラを入れて、向こう側を観察するのです」とダマティ氏は言う。もしカメラに宝物が映った場合には、北壁と壁画を安全に取り外して部屋に入る方法を探すことになるだろう。(参考記事:「ツタンカーメン王墓発見者をめぐる誤解」

文=Peter Hessler/訳=北村京子

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