温暖化で極北狩猟民の天然地下冷凍室が危機に

クジラ肉を保存する大型貯蔵庫が解け、伝統文化にも影響、米・ロ

2015.11.05
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科学者の見解は

 2010年、バローの先住民による統治機関は研究者の協力を得て、貯蔵庫ごとに融解の程度が異なる理由を調べ始めた。しかし、5年がたった現在も、明確な答えは出ていない。バローでは1980年代以降、永久凍土が解ける深さはほぼ変化していない。ただし、深さ約6メートル地点の温度は1~1.5℃上昇している。一方、平均気温は1950年代から2.5℃以上も高くなっている。

 アラスカ大学フェアバンクス校のロマノフスキー氏は、気温が上昇すれば、地下貯蔵庫に亀裂が生じ、水が染み込む可能性が高まると話す。そうなれば、さらに壁が融解して浸水する悪循環に陥る。しかも、ここ数年のバローは降雪量が多く、その結果、雪解け水も増えている。(参考記事:「研究報告:「温暖化は停滞」に反論」

アラスカ州ノーススロープ郡のイヌピアットたちは、春が来るとホッキョククジラの漁に出る。この漁で得た何トンもの肉が1年分の食料になる。漁は国際捕鯨委員会の監督下で行われている。(PHOTOGRAPH BY FLIP NICKLIN, MINDEN PICTURES)
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 同じアラスカ大学フェアバンクス校の研究者、吉川謙二氏はこの説に疑問を唱える。バローの一部の貯蔵庫の温度は上昇していないというデータが存在するためだ。吉川氏はむしろ、地質の変動や海岸の浸食を主な原因と考えている。これらも水平方向からの浸水を促す。ただし、ロマノフスキー氏と吉川氏はともに、共同溝にも責任があるという見解を示している。共同溝は水道、電気などの設備をまとめて埋設するための地下トンネルで、バローには1984年につくられた。

 バローで建設工事の仕事をしながら狩猟も行うプライス・リービットさんは2015年夏、4年前に自分でつくった地下貯蔵庫に入ってみた。芝生をはがし、合板のふたを開けると、「壁の表面に小さなつららが付いていました」とリービットさんは振り返る。「これは良い兆候です。貯蔵庫を拡張できるということですから」

 リービットさんは40年前につくられた父親の貯蔵庫を気にかけている。壁を保護する氷の層がなく、土がはがれ落ちているのだ。これではいつ水が染み込んでもおかしくない。2010年1月には、外気温がマイナス20℃近くまで下がっているにもかかわらず、友人の貯蔵庫の底がぬかるんでいるのを目の当たりにした。「すべて凍っているように見えましたが、肉が悪臭を放ち始めていました」

 イヌピアットは常に、自分たちのニーズに合う技術を素早く取り入れてきた。バローの多くの家には、貨物船で運ばれてきた箱形冷凍庫がある。地下貯蔵庫を失った捕鯨船の漁師たちは数年前から、町のはずれにある米海軍北極研究所の大きな冷凍庫を科学者たちと共用している。ロシア、チャースキーの漁師たちはソビエト時代につくられた巨大な地下貯蔵庫「レドニク」を捨て、ボートで魚を運びやすい地上の施設に乗り換えている。

経済発展か、文化の喪失か

 地下ではなく台所で肉を保存することは経済発展のしるしだととらえる者もいる。

バローは米国最北端の都市。地元の食料品店で売られている食品は高く、クジラやセイウチの肉など、北極圏で伝統的に食べられているものより栄養価が低い。(PHOTOGRAPH BY GREGORY BULL, ASSCIATED PRESS)
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 海軍北極研究所の生物学者クレイグ・ジョージ氏は「地下貯蔵庫の維持管理は大変です。人が入ることのできる冷凍庫ができたのも、冷凍庫に乗り換える人が増えた1つの理由かもしれません。それに、今の人は40年前と比べ、経済的な余裕が生まれ、自由な時間が減っています」と分析する。(参考記事:「太陽光発電で村の暮らしに電気を」

 一方、ノーススロープ郡の職員で狩りも行うゴードン・ブラウワーさんは、こうした変化は文化や食事の面で代償を伴うと考えている。バローにあるブラウワーさんの自宅にも箱形の冷凍庫が並んでいるが、ブラウワーさん自身は貯蔵庫で凍らせた肉を好む。

「地下貯蔵庫は冷凍庫と異なり、肉がゆっくり熟成します」とブラウワーさんは話す。「何より味が違うし、伝統が失われるような気持ちになります」

 捕鯨船の船長アーソクさんは現在、親類の貯蔵庫に乗組員の肉をまとめて保存している。しかし、この貯蔵庫は「とても小さく」、春が来てクジラ漁の季節になれば、容量が不足するかもしれないと心配している。アーソクさんらは10月に入ってからホッキョククジラ1頭を仕留め、約47トンの肉を得た。「再び削岩機を手に取り、乗組員と一緒に氷を掘ってみるつもりです」

このニュースはthe Pulitzer Center on Crisis Reportingの支援を受けて制作しました。

文= Eli Kintisch/訳=米井香織

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