ナショナル ジオグラフィック協会が発表した2015年のエマージング・エクスプローラーたちの活動をダイジェスト。
「エクスプローラー」(探検家)と聞けば、斧で枝を叩き切りながらアフリカのジャングルの中を進むリビングストン博士や、ヒマラヤのK2によじ登る登山家を思い浮かべるかもしれない。
だが、世界の変革に貢献している若き先駆者たちを選出するナショナル ジオグラフィックの「エマージング・エクスプローラー」事業は、その定義を広げるものだ。原子力技術や神経科学までも含む、多様な科学と知性の探求を意味している。
ナショナル ジオグラフィック協会は先週、2015年のエマージング・エクスプローラー14人を発表した。その顔ぶれは実に多彩だ。ネアンデルタール人への情熱を伝えるのにコメディーを演じる古人類学者もいれば、コンゴ民主共和国のビルンガ国立公園で、命を危険にさらしながら日々マウンテンゴリラの保護に尽くす監視員もいる。
エマージング・エクスプローラーは毎年選出される。分野の限定はなく、人類学や考古学、写真、宇宙探査、地球科学など協会が伝統的に力を入れている分野から、テクノロジー、音楽、映画制作の世界まで幅広い。
「エマージング・エクスプローラーは、先見性を持ち他の刺激となる若者たちです。世界が抱える問題の対処法を探り、画期的な研究や探検に着手しています。彼らは新たな発見の時代を先導する助けとなってくれるでしょう」と、ナショナル ジオグラフィック協会の科学探検部門の責任者テリー・ガルシアは話す。(ナショジオ日本版では「日本のエクスプローラー」企画を実施中です)
エクスプローラーたちの顔ぶれ
今回選ばれたエクスプローラーたちを紹介しよう。
生物物理学者マヌ・プラカシュ氏は、「安価な科学」と呼ぶ研究を米スタンフォード大学で進めている。低価格の研究装置を設計することで、科学や医療の機会を世界の隅々まで広めるのがねらいだ。プラカシュ氏が3Dプリンターで製作した折り紙顕微鏡(フォルドスコープ)は、すでに130カ国で配布されている。飲み水が汚染されていないか子どもたち自身が調べられるようになり、死亡率の低下に役立っている。
ソフトウエア技術者のトファー・ホワイト氏は、廃棄された携帯電話を使って熱帯雨林を守る方法を考案した。違法伐採業者が使うチェーンソーやトラックの音を、携帯電話で検知するというのだ。現在はブラジルで活動し、アマゾンの熱帯雨林で暮らす先住民族テンベの人々が自分たちの土地と生活様式を守る支援をしている。
ダニエル・ストライカー氏は、スコットランド、グラスゴー大学の感染症生態学者。ペルーの森林を歩き回り、吸血コウモリと病気の異種間感染の解明に取り組んでいる。次なる感染症の世界的流行を予測・予防するのに役立つかもしれない。
原子力技術者のレスリー・デュワン氏は、溶融塩を使った原子炉の研究を通じて、原子力と放射性廃棄物処理の安全性を高めようとしている。「私は何よりもまず環境保護論者。炭素を排出しない電力を生み出すため、この研究をしています」
冒険と身の危険
危険と隣り合わせで活動するエクスプローラーもいる。太平洋のサンゴ礁でサメと出会い、夢中になったジェシカ・クランプ氏は、安定した高給の仕事を捨て、離島のクック諸島に移住。世界屈指の広さとなるサメ保護区域創設に貢献した。「サメはこの上なくカリスマ的で、セクシー」とクランプ氏は語る。「海洋科学の世界へ誘ってくれる麻薬のような存在です」
「フリーランド・インディア」代表のオンクリ・マジュンダ氏は野生動物の密売を防ごうと、バンコクの野生動物市場でタイ警察とともにおとり捜査を敢行した。売買が禁じられている野生動物をペットとして売る業者を摘発するため、隠しカメラを持ち、バイヤーを装って接触した。マジュンダは「私が自然を愛するのは、人間は途方もなく大きな何かの一部なんだとしみじみ実感させてくれるからです」と話す。「こんなに壮大で素晴らしいものが、幾人かの欲のために破壊されるのはとんでもないことです」
ビルンガ国立公園の監視員イノセント・ムブラヌムウェ氏は、野生動物密猟と闘うエクスプローラーだ。この闘いで、彼は非常に大きな危険に直面している。同僚のレンジャーのうち、これまで140人が殉職している。彼自身も2度襲われ、警護の1人が殺害された。「ゴリラは1頭たりとも失いたくありません」とムブラヌムウェ氏は力を込める。「彼らは世界最後のゴリラたちなのですから」
イエメンなどの紛争地域でネアンデルタール人の研究をするエラ・アルシャマヒ氏は、ロンドンを拠点とする古人類学者。彼女も調査の際には護身用の武器とブルカが欠かせないが、研究を離れると、スタンダップコメディーを演じる芸人でもある。ネアンデルタール人への情熱をユーモラスな話術で伝えるのだ。「イエメンから伝えられる知らせは悲惨なものばかりです。私のほんの小さな活動でも、笑いが起こり、イエメンについて違った物語を生み出せるなら成功です」とアルシャマヒ氏は語る。
戦争、そして腸の微生物
戦禍にかかわる研究者もいる。シリア出身の考古学者サラム・アルクンタール氏は、母国での紛争から逃れて米国へとやってきた。今はニューヨーク大学古代世界研究所の研究員となり、過激派組織イスラム国(IS)などによる文化遺産の破壊や略奪の実証に携わっているほか、遺跡の緊急保護活動を統括している。「数千年も持ちこたえてきた遺跡が破壊されるのを黙って見ていることはできません。文化遺産を享受することは、われわれの人権の一つです」
デイビッド・モイニナ・センゲ氏は、内戦で疲弊した1990年代のシエラレオネで子ども時代を過ごし、戦いがもたらす悲惨な結果を目にした。特に子どもたちへの被害は大きかった。この経験が、手足を失った人々への対応へと彼を駆り立てた。マサチューセッツ工科大学(MIT)の生物医学技術者として、センゲ氏はより快適で装着しやすい人工装具の設計に取り組んでいる。義手や義足の人々が、より充実した生活を送れるようにするためだ。
MITから選ばれたのはセンゲだけではない。ケイレブ・ハーパー氏はMITの都市農業専門家。都市環境での空中栽培を他に先駆けて進展させており、未来の食糧生産のあり方を大きく変える可能性がある。
同じくMITの脳認知科学科では、スティーブ・ラミレス氏が記憶の研究に打ち込んでいる。科学者は記憶を植え付けたり消したりして意識を操ることができるのか。苦い記憶を快い記憶に置き換えることは可能なのか。「私にとって、これは『できるかどうか』という問題では決してありません」とラミレスは言う。「『どうしたらできるか』という問題なのです」
カリフォルニア工科大学の生物学者エレイン・シャオ氏は、自身が「心を変える微生物」と呼ぶ細菌を研究している。私たち人間の腸内にすむ細菌は、シャオによれば自閉症やうつ病といった神経学的疾患に影響している可能性があるという。
MITのセルフアセンブリー(自己構築)ラボに所属するスカイラー・ティビッツ氏は、物体の組み立てを新たな段階に引き上げようとしている。4Dプリンティングにより、ひとりでに組み上がったり変形したりする物体を作っているのだ。「我々は毎日、何か新しい物を考案しようと試みています」とティビッツ氏は言う。「可能なことの限界を超えるために」