ネパール大地震、ヘリ不足で村々が孤立

山の多い地形、道路の損壊、お役所仕事で救助活動に遅れ

2015.05.13
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ゴダタベラ村に到着したネパール軍のヘリコプター。地震発生時、軍所有のヘリのうち全国に分散した被災者救助に向かえるものは9機しかなかった。(PHOTOGRAPH BY AUSTIN LORD)
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 ネパールで発生した大地震から2週間が経過した。急峻な地形の同国では今もなお混乱が続いており、輸送手段として有用なのは唯一、ヘリコプターだけだ。

 地震発生時、ネパールにあったヘリは、軍所有の9機と民間業者所有の22機のみ。当初はその数少ないヘリを用いて、山奥の村に散らばった推定1万6000人のけが人救助に当たっていた。カトマンズ トリブバン国際空港のビレンドラ・プラサド・シュレスタ空港長代理 は、地震直後の非常事態を振り返り、「もしあと40機ヘリがあったとしても、到底足りなかっただろう」と語る。

 多くのネパール人は、一刻を争う状況でまともにヘリを配備できず、対応が怠慢であるとして政府を非難した。被害が大きかったラスワ郡ランタン地域にある村、キャンジンゴンパに住むラクパ・ジャンバ氏は、「政府は外国人の救助しか考えていませんでした。私たちはいないも同然だし、力もありません。政府は愚かです。この村にはもう何年もリーダーがいないし、選挙も行われていないから何もできない。見捨てられたようなものです」と語った。

 2週間がたった今、全国で高まる支援物資の需要にまったく対応できていないネパールに、インド、中国、米国から23機のヘリコプターが応援にかけつけ、救助活動に取り組んでいる。

「望みは絶たれた」

 ネパールは世界でも有数の山岳国家だ。道路網はもともと保守されておらず、地滑りや決壊による穴が多いため頼ることができない。そのため法外に高い経費はかかるが、ヘリコプターを使わざるを得ない。しかし、ネパール軍が所有するヘリコプターの半数は故障中で、飛べるものでも長い内戦でできた銃痕を塞いで使っているような状態だ。

 一方、民間のヘリ会社は震災発生から数日間、治療を必要とするネパール人よりも、立ち往生している外国人の救助を優先した。ジャンバ氏は、村にヘリが訪れたときの光景を思い出し、こう述べた。

「ケガもない外国人が(ヘリに)乗ろうとしていました。私は怒って、パイロットに『村の住民が死にそうで、助けが必要だ。私たちもヘリで助けてくれ』と言いました。するとパイロットは『それはできない。我々は、NGO職員と外国人を助けに来たんだ』と。私たちの望みは絶たれたのです」。

 その後ジャンバ氏は何とかカトマンズに避難し、同じランタン地域スワヤンブナート(モンキーテンプルと呼ばれる観光地)近くから来た100人ほどの住民と一緒に避難所生活を送っている。

ゴダタベラ村付近に着陸したヘリコプターに群がる生存者たち。小競り合いの末、負傷した子どもたちが載せられた。子どもたちはカトマンズに運ばれ、治療を受ける。(PHOTOGRAPH BY AUSTIN LORD)
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 一方で、エベレストの第1キャンプからは100人以上の登山家とネパール人スタッフが民間ヘリで脱出した。被災した現地の人々が苦しみ、憤る中、裕福な西洋の旅行者は続々と救助される。「ヘリ会社はこの土地で10年以上ビジネスを営んできました。ここでお金を稼いできたくせに、いざというときに私たちを助けてくれない。なんという世の中でしょう。誰もが、自分のことにしか関心がない」とジャンバ氏は嘆く。

支援を妨げているもの

 エベレストでの救助が済むとすぐ、民間ヘリはネパール政府から援助要請を受けた。そのころ、インド、中国、米国からのヘリも応援にかけつけていた。

 空輸体制の強化は、ヘリの用途が緊急の捜索・救助活動から、長期的な物資輸送・救助活動に移行したことを示している。民間ヘリ会社の主力機は、Eurocopter AS 350。単発・単ローターで、小型SUV程度のキャビンを有する同機が輸送できるのは、乗客なら5~6人、装備なら1トンほどだ。

 一方、中国が3機、インドが8機配備したMi-17は双発の大型機で、30人の乗客と4トン以上の物資を運べる。米国空軍は、V-22オスプレイを4機派遣した。これは双発の航空機で、ヘリコプターのような垂直離着陸と、プロペラ機のような飛行が可能である。

 海外の政府やNGOから続々と支援が届いているものの、金銭面と物流面に支障があるせいで必要な地域に届けられていないのが現状だ。一番のネックはトリブバン国際空港(TIA)である。1本しかない滑走路に隣接してヘリパッド、軍基地、税関があるこの空港に、救援物資が集まっている。

 しかし、非常時であるにもかかわらず、政府は空域や運用に対する厳しい規制を緩和していない。TIAに着陸した米国海兵隊パイロットのエドワード・パワーズ中佐は、『New York Times』の取材に対し、カトマンズの着陸許可を待つため、「沖縄のランプで72時間も待たされた」と語った。

ランタンバレーにて。我先にとヘリに乗りこもうとする人々に、民間ヘリ会社のパイロットが指示を出す。地震発生から数日後、ネパール当局は、国内の民間所有のヘリ約20機に支援を要請した。さらに、外国から数十機が派遣されている。救助隊員によると、それでもまったく足りていない状況だ。(PHOTOGRAPH BY AUSTIN LORD)
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 同様に、捜索救助隊や物資を運ぶヘリコプターの離陸許可が下りず、出発が数時間も遅れる事態が毎朝続いている。ネパールでは、地形の影響で午後になると雲が増えるため、安全に飛行するためには朝のうちに出発しなければならない。税関職員も、支援物資に対して通常の検査や輸入手順を崩さないため批判されている。これに対し、内務省のスポークスパーソンは先週、「我々は必要なことをやっている」と述べ、その方針を擁護した。

 ネパールのような高地環境で航空機の性能が発揮できない事例も起きている。5月5日付『カトマンズ・ポスト』によると、ドラカ郡に初めて飛行したオスプレイが建物を壊してしまい、「使い物にならなかった」という。

 建物内に勤務する男性は、こう述べている。「オフィスにいたとき、オスプレイがやってきて屋根を吹き飛ばしました。屋根のブリキ板が、外にいた人に当たらなかったのは不幸中の幸いでした。当たっていたら、命はなかったでしょう。あのヘリコプターは、地震に耐えた屋根や塀を壊していったのです」。怒った住民は、着陸を妨害するためにヘリパッドをバイクで占拠した。おかげでオスプレイは、「二度とやってきませんでした」

近づくモンスーンシーズン

 ネパール軍の関係者によると、5月6日時点で、物資334トンが孤立した村に空輸され、4520人の住民と被害者の遺体が運び出されている。しかし、まだやるべきことは数多く残されている。国連人道問題調整事務所によると、地震で倒壊した家屋は25万5954軒、損害を受けた家屋は23万4102軒に上る。6月第2週にはモンスーンシーズンに入り豪雨が予想されるため、防水シートやテントが必要だ。

 ネパールで活動する人類学者オースティン・ロード氏はこう言う。「モンスーンで新たな地滑りが発生する可能性は高いでしょう。地滑りがあった場所は依然として不安定ですし、地震でゆるくなった斜面も豪雨で崩れるかもしれません。新たな地滑りで家屋や畑、道路が被害にあえば、さらに状況が悪化します。雨そのものが、避難生活を送る人々の健康を害する可能性もあります。モンスーンがもたらす新たなリスクを考慮して、タイミングを誤らずに支援し、復興計画を進めることが極めて重要です」

文=Freddie Wilkinson/訳=堀込泰三

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