石器時代の大規模な「武器工場」を発掘

ネアンデルタール人の時代から存在、石器の数は百万単位

2015.04.16
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アルメニア北部のアルテニ山は石器時代、遠くエーゲ海まで運ばれた石製武器の原料の産地だった。(Photograph by Ellery Frahm)
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 冬のくもり空の下、アルテニ山の荒涼とした東側の斜面はモノトーンに沈んでいる。標高2046メートルの控えめな山頂は、近くにそびえるアルメニア最高峰、標高4090メートルのアラガツ山の雪をかぶった頂に比べると、いかにもこぢんまりとしている。周囲で目につく生きものといえば、カフカス山脈から吹き下ろす冷たい風にあおられて、地面に這いつくばるように生えている雑草くらいのものだ。

 やがて雲が突然破れると、アルテニ山は一瞬のうちに、太陽を反射する無数の鏡のような、まばゆいモザイクに変わる。目の届く限りの地面には、隙間なくつややかな黒曜石のかけらが敷き詰められており、それらはほぼすべてが、加工を施された、カミソリのように鋭い武器や道具なのだ。

Lauren C. Tierney, NG Staff
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「ここは巨大な屋外の作業場だったのです」。アルメニア考古・民族学研究所の考古学者、ボリス・ガスパリアン氏は言う。この山の斜面の「工場」で作られた無数の剣、手斧、削器、のみ、矢尻、槍の穂先などは、最古の記録よりもはるか昔に存在した、広大な交易ネットワークにより流通した。

 ガスパリアン氏らが、こうした黒曜石製の道具の起源を正確に判断できる最新の技術(特定の火山の、どの溶岩脈のものかまで追跡できる)を用いて調査を進めた結果、アルテニ山は、石器時代の大規模な武器工場の中心地であったことが判明した。この場所で作られた武器は、北はカフカス山脈を越えた現在のウクライナ、西はアナトリアを越えて約2500キロ離れたエーゲ海でも見つかっている。

 アルテニ山で生産されていた武器の推定量は驚くばかりだ。武器の製造が活発に行われていた時期は、前期旧石器時代までさかのぼると考えられており、一帯に現れた最初の加工職人は、初期のネアンデルタール人だった。彼らの後継者たちも、紀元前1000年までこの場所で黒曜石を掘り続けた。ガスパリアン氏はアルメニア人の他、アメリカ人、日本人、ヨーロッパ人の研究者とも協力して、アルテニ山周辺で大量の石器時代の道具の発掘を行った。

 地面を深く掘る必要はほとんどなかったとガスパリアン氏は言う。「ここで見つかる旧石器時代、青銅器時代、鉄器時代に作られた黒曜石の石器の正確な数を確かめることは不可能でしょう。なにせ何百万個とありますから」

黒曜石(ガラス質の火山岩)は、死火山であるアルテニ山の斜面で豊富に採れる。(Photograph by Ellery Frahm)
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石器時代のテクノロジーを垣間見る

 カフカス地方が人類の歴史の中で重要な役割を担っていることは、かなり以前から知られていた。しかし20世紀に起きた数々の動乱(2度の世界大戦、ロシア革命、ソビエト連邦の成立など。アルメニアは1920年代にソ連に組み込まれた)に阻まれ、これまで最低限の調査しか行われてこなかった。1980年代末にソ連が崩壊しかけると、考古学の調査は完全にストップした。アルメニアは1991年に独立を果たしたものの、この国に貴重な石器が山ほど眠っていることがわかったのは、それから10年以上経ってからのことだった。

 ミネソタ大学の人類学者エラリー・フラム氏によると、2011年には、アルメニアに入った国際調査チームが現地で1日に500個の黒曜石の石器を回収することも珍しくなくなったという。従来通りのやり方をしていては、とうてい分析しきれない量だ。

 フラム氏は、黒曜石の起源を特定する方法に、ふたつの大きな改良を加えた。まず改善が必要だったのは、サンプルに含まれる成分を産地がわかっている黒曜石と化学的に照合する作業だった。

 従来の検査行程では、費用と時間がかかり過ぎた。発掘現場から遠く離れた特別な研究室まで足を運んだ上で、サンプルを細かい粉末にする必要があったからだ。

 そこでフラム氏は、携帯型蛍光X線分析装置(pXRF)を使うことにした。この装置なら手持ちドリル程度の大きさと重さだし、石器を砕くことなく、その化学組成を約10秒間で分析できる。pXRFは屋内ではその数年前から使われていたが、調査フィールドで本格的に使ったのはフラム氏が最初だった。2011年、ガスパリアン氏のプロジェクトでのことである。

ナイフのように鋭いへりにそって割れる黒曜石。石器時代には武器や道具を作るのに重宝された。(Photograph by John Cancalosi, National Geographic Creative)
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 フラム氏はまた2014年、ミネソタ大学岩石磁気学研究所で、さらなる革新的な分析方法を編み出した。彼らのチームが注目したのは、黒曜石に含まれるマグネタイト(磁鉄鉱:磁性を持つ酸化鉄)の黒い粒だ。フラム氏によると、磁気測定を行うと「ある『黒曜石流(黒曜石の元になるマグマ)』のなかでも、場所によってマグネタイトの粒の大きさ、形、配置がどう違うかまでわかる」のだという。

 こうした測定方法を用いれば、原料が採掘された場所についての非常に精密なデータが得られ、それは同時に、この道具を作った人々の仕事ぶりを探るヒントにもなる。彼らは常にお気に入りの場所で黒曜石を掘っていたのか、それとも何らかの理由から、ひとつの溶岩流からまた別の溶岩流へと、場所を変えていたのだろうか。つまりフラム氏は、「アルメニアにおけるネアンデルタール人の“調達戦略”」について解き明かすことを目指していた。

原人ホモ・エレクトゥスも

 黒曜石はガラス質の火山岩で、非常に鋭いへりをつくって割れるため、石器時代には武器を作るのに理想的な材料だった。しかしヨーロッパや西アジアではほとんど見つかっておらず、例外的に多いのがアルメニアだ。メリーランド州よりも小さなこの国には、豊富な黒曜石の鉱床を持つ火山が1ダース以上ある。

 こうした事実と、カフカス地方が初期人類の移動における主要なルートのひとつであったこと、そしてアルメニア産の黒曜石の道具が広い地域に流通していることは、非常に重要な意味を持っている。

 ガスパリアン氏によると、石器時代に黒曜石がユーラシア大陸を移動したルートは、それから3000年以上後の古代ギリシア時代や中世の貿易大国が使ったものと驚くほどよく似ており、その一部はかの有名なシルクロードとも一致するという。そうした貿易のネットワークはしかし、石器時代よりも後の時代に作られたものである証拠も数多く見つかっている。

 2013年末、グルジアの考古学者が、東アフリカ以外で発見された最古の人類の化石――180万年前のホモ・エレクトゥスの頭蓋骨を5つ見つけたと発表した。発見した場所は、アルメニアの国境から数キロしか離れていないグルジアのドマニシだ。

 アルテニ山で見つかる黒曜石の中には、140万年以上前のものだと判明したものもある。フラム氏は言う。「ヒト属の仲間に発見されたときから、アルメニアの黒曜石はずっと彼らに使われてきたのだと、私は確信しています」

文=Frank Viviano/訳=北村京子

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