「ネアンデルタール人の笛」と呼ばれ、人類最古の楽器と考えられてきた太古の骨が、最新の研究によって、人工物ではなく動物がかじってできたものらしいことがわかった。3月31日付の英国王立協会の科学誌「Royal Society Open Science」に論文が掲載された。
骨に開いた穴は人為的?
「ネアンデルタール人の笛」は、ヨーロッパ南東部の複数の洞窟で発見されている。幼いホラアナグマの大腿骨に丸い穴が規則的に開けられており、管楽器の指穴のように見える。なかでも、スロベニアのディウイェ・バーベ洞窟で1995年に出土した4万3千年前のものが最も有名だ。
これらの「笛」はネアンデルタール人が製作したのか、獣が死骸をあさり骨をかじった跡なのか、専門家の間で論争が続いていた。論文を執筆した古生物学者カユス・ディードリッヒ氏は今回、骨の損傷パターンと先史時代の動物の骨を15カ所の洞窟で調査。この骨笛の穴には石器で人為的に開けられた形跡がなく、氷河期に生きていたハイエナの歯の跡であると結論づけた。幼いホラアナグマの骨は軟らかいため、出土品のような穴を開けることが可能という。
「古人類学者の多くは、ディウイェ・バーベの『笛』が肉食動物にかじられた骨だという見方に同意しています。一方、笛だとされる例が何度かあったのも事実です」と話すのは、カナダ、ビクトリア大学の考古学者エイプリル・ノウェル氏だ。
ディウイェ・バーベの遺物はネアンデルタール人の時代にまでさかのぼり、スロベニア国立博物館ではこれを「ネアンデルタール人の笛」と紹介している。類似の骨はほかにも出土しているが、その多くはネアンデルタール人の頃よりも新しいことが今回の研究でわかった。
人類最古の楽器を作ったのは?
「笛」の正体がはっきりしたことで、ネアンデルタール人が楽器を製作していた証拠はなくなってしまった。では、初めて楽器を作ったのは、どんな人類だったのか。
その功績をあげたのは、後期旧石器時代のオーリニャック文化に属していたドイツ南西部の人々だった。4万年前、彼らはハゲワシの骨やマンモスの牙から笛を作っていた。彼らの笛は見た目が現代の楽器により近く、道具で加工した跡がはっきり残っている。
ドイツ・テュービンゲン大学の考古学者ニコラス・コナード氏は、現生人類が音楽を奏でることで集団の結束を強化できたのかもしれないという。それが共同体の組織化を助け、ネアンデルタール人よりも効果的に勢力を広げられたのではないかとの見方だ。
ネアンデルタール人は音楽を知っていたか
「ネアンデルタール人は楽器を使わずに、手拍子をしたり、体の一部を叩いたりして音楽を奏でていたかもしれません。あるいは楽器を作っていたけれど、土に還り現在は残されていない可能性もあります」とノウェル氏は指摘する。
しかし、ネアンデルタール人の生活に楽器や音楽の類があった形跡は今のところ見つかっていない。ノウェル氏は、「ディウイェ・バーベの『笛』に関する真相が明らかになり、一部で非常に根強く残っている楽器説は消えることになるでしょう」と話した。