ヘビ毒への免疫をもつキタオポッサム(カリフォルニア州モントレー湾で撮影)。(Photograph by Sebastian Kennerknecht, Minden Pictures/Corbis)
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 見たところあまり賢そうではないオポッサムだが、その血液が世界中のヘビ毒に効くかもしれないという研究結果が報告された。

 カリフォルニア州、サンノゼ州立大学の研究チームは、北米に生息する有袋類オポッサム(フクロネズミ)の血液中に含まれるペプチド(複数のアミノ酸からなる分子)に、ヘビ毒を中和させる効果があることを突き止めた。マウスを使った実験で、米国に生息するニシダイヤガラガラヘビ(学名:Crotalus atrox)とインドのラッセルクサリヘビ(学名:Daboia russelii)の毒を無毒化させることに成功した。

「ヘビ毒を注入されたマウスにペプチドを注射したところ、中毒症状が全く現れませんでした。オポッサムのペプチドにこのような働きがあったとは、奇跡のような話です」。サンノゼ州立大学の化学工学教授クレア・コミベス氏は、この研究結果を3月23日にデンバーで開催された米国化学会の学会で発表した。

 キタオポッサム(学名:Didelphis virginiana)がヘビ毒に対してある程度の免疫を持っていることは1940年代から知られていた。他にも、ジリスやラーテルなど、一部の哺乳類はヘビ毒に対して自然免疫を備えている。

 その驚きの能力の秘密が明らかになったことで、これを大量生産し、安価な万能解毒剤として発展途上国へ提供できるようになるかもしれないと、コミベス氏は期待する。

 世界保健機関によると、1年間で約9万4000人がヘビに咬まれて死亡しているという。すでに、ヘビに咬まれた時の治療薬として数多くの血清が存在しているが、高価で、ヘビの種類によって必要な血清もそれぞれ異なる。どんなヘビ毒にも効く万能な解毒剤があれば、多くの命を救うことができる。

実用化はいつ?

 オポッサムの研究は大変興味深いが、生物毒の専門家でナショナル ジオグラフィックのエマージング・エクスプローラーとしても活躍するゾルタン・タカシュ氏は、喜ぶのはまだ早いという。

オポッサムのペプチドを注射されたマウスは、このニシダイヤガラガラヘビ(テキサス州で撮影)の毒にも反応しなかった。(Photograph by Karine Aigner, National Geographic Creative)
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 問題は、1匹のヘビの毒にも数百種類もの化合物が含まれていることだ。そして、それぞれが別の役割を担って敵の体を攻撃する。

「ヘビ毒は多角的な攻撃を行うことができます。ある毒は神経細胞を侵し、別の毒は筋肉を狙うというように。体内に一度に百種類もの毒物が侵入してきたら、そのすべてを無毒化させなければなりません。それが無理なら、中毒症状を防ぐために強力な毒だけでも中和させなければなりません」

 オポッサムから見つかったペプチドは、おそらく1つのグループの毒にしか効かないだろうとタカシュ氏は懸念する。であれば、他のグループの毒によって結局ひどいダメージを受けることになる。

 また、ヘビ毒に含まれる化合物はヘビの種によっても異なるし、さらにヘビの性別、歳、生息地によっても変わるという。したがって、研究室で1匹のラッセルクサリヘビの毒に効いたオポッサムのペプチドが、すべてのラッセルクサリヘビの毒に有効かどうかは分からない。インドでは、このヘビに咬まれて年間数千人もの死者が出ている。

 これらの問題に関してコミベス氏に聞いてみたところ、確かにタカシュ氏の指摘は的を射ているが、研究結果がすべてを物語るという。

「ペプチドだけでガラガラヘビの毒を中和できるなど、理屈では考えられないことですが、実際にそれが起こっているのです」

 1つのペプチドが複数のヘビの毒に効くことは“本当に革命的”と、英国のリバプール大学熱帯医学校のヘビ毒の専門家であるロバート・ハリソン氏も同意する。

“やる気がみなぎるほど革新的だ”としながらも、万能解毒剤の開発に取り組むハリソン氏は、実現には多くの実験が必要であると付け加えた。

 ヘビ毒に対する抗毒素が発明されてから100年以上が経つが、毒に含まれる化合物の複雑さや研究費の高さなど様々な障害があって、世界の多くの地域で、人々はいまだにヘビに咬まれても対処する術を持たないでいると、タカシュ氏は言う。

「朝起きた時には健康でどこも悪くなかった人が、夕方には死亡していたなどと言うことは、めったに起こることではありません」

文=Jason Bittel/ルーバー荒井ハンナ